開京想曲(紅楼夢番外)10 ソンアク山

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「ソルソン」
「はい」
「ケギョンでの暮らしは慣れましたか?」
「はい。お陰様で」
「そう。それは良かった」
イェリムは柔和な笑顔をソルソンに向けた。
「いろいろとお骨折り頂き、有り難うございます」
「いいえ。貴女がいてくれて良かったわ。熱心に呼んで頂けるのは喜ばしいことだけれど、
カマ(駕籠)に長い間乗ると、どうしても身体のあちこちに痛みが残って取れないのよ。
かといって、無下に断ると門が立つような方々も中にはいらっしゃることだし。貴女が
名代(みょうだい)で稽古に行ってくれるようになって、本当に助かっているのよ。身体の
節々の痛みも随分軽くなったわ」
イェリムは、ケギョンでは著名なカヤグムの奏者で、数年前までカンファドに住んでいた。
ソルソンは彼女を師匠としてその教えを受け、とりわけ熱心に学んだ愛弟子だった。
ソルソンが渦中に身を置いていたとき、イェリムは手を貸して欲しいと文を寄越してくれた。
当初、しばらくカンファドを離れることを決めたソルソンは、ミヨンの叔母の家に身を寄せる
つもりだったが、そちらで近々慶事があることを知って、二の足を踏んでいた。イェリムからの
文は、ソルソンにとっても渡りに舟だった。

朝から晩までカヤグムのことだけを考えて暮らす。そんな日々の中で、ソルソンには新しい
交流が生まれていた。
ユン・ヘジョン。
彼女の師匠はイェリムと肩を並べる著名なカヤグムの奏者で、ヘジョンはその一番弟子だった。
たまにしか会わない仲で、しかも性格は正反対なのに、二人は意気投合して互いの演奏を聴いて
は忌憚のない意見を交わして腕を磨いた。
ヘジョンは、ソルソンが時折見せる表情が気になっていた。それは決まってソンアク(松嶽)山を
眺めているときに見せる表情だった。ソルソンが夫を亡くしていることは、ヘジョンも知っていた。
それでヘジョンは、彼女が亡き夫君のことを思っているのだと当初は考えていた。
「亡くなったご主人のことを考えているの?」
そう尋ねたことがある。けれど、そのときのソルソンは、全く別の表情を見せた。哀切と懊悩。
喩えて言うならば、そんな色だった。ヘジョンが夫君のことを尋ねたのは、それきりになった。
けれど、ソンアク山を見つめているソルソンからは、少なくとも懊悩の色は感じられない。
「ソンアク山が好きなの?」
山並みを眺めるソルソンの横に立ち、ヘジョンが問うと、ソルソンは小さく微笑んだ。
「ええ」
「私には、見慣れた山だわ。どこが好きなの?」
ケギョンで生まれ育ったヘジョンにとって、それは当たり前の風景の一つだった。
「松の木々の姿が美しいわ。荒々しく厳しい岩だらけの地面に根を張り、風にその幹を曲げられ
ようとも真っ直ぐに立とうとするその姿に引きつけられるの」
山並みに視線を向けたまま、ソルソンはそう言った。ヘジョンは心が躍った。当たり前の風景だが、
ヘジョンが大事に思う故郷の風景を、友が美しいと言ってくれたことが嬉しかった。
「ソンアク山の山並みは、遠くから見ると身重の女性が横たわる姿に似ているとも言われているのよ」
「そんな風に見えるわ」
ソルソンは、その話を知っていたようだ。しばらく黙って眺めていたヘジョンがおもむろに尋ねる。
「お母様に会いたい?」
望郷、或いは人恋しさを、ヘジョンはソルソンの瞳から読み取った。
「・・・そうね」
「カンファドは遠いものね」
ソルソンを慮ったヘジョンの言葉に、ソルソンは曖昧な笑みを浮かべた。

母は私を身ごもったとき、どう思ったのだろう。

ケギョンの山並みを見つめるうちに、そんなことを考えている自分に気づいた。
間もなく、ソンド(松都 ケギョンの別名)で暮らし始めて三月を迎えるころのことだった。

<つづく>

「紅楼夢」で出たヨンスの母が登場。
(久しぶりすぎて、名前違っていたらごめんなさい)

≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。

★マンボ
 表向きは「マンボの薬売り」。裏の顔は、ケギョンの情報を掌握しているという
 噂の手裏房(スリバン)の頭目。

★コンジャ(→名前は私が勝手につけています)
 マンボの妹。
 兄の右腕としてスリバンを支える。

★コサ(白い人)→名前だけは台本に載っていた。
 スリバンの一味。
 幼少の頃からスリバンに属していた(という私が考えた設定)

★ムン・チフ

○ヘジョン
 ソルソンの友。カヤグムの奏者。
 「紅楼夢」に登場するヨンスの母。
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