旧暦4/8の燃灯祝祭に寄せて

ここでは、「旧暦4/8の燃灯祝祭に寄せて」 に関する記事を紹介しています。
こちらのお話は以前企画で書いた先輩後輩ネタのヨンとウンスを再登場させたものです。
今回のお話ではいきなり恋人同士になっている二人。
(いずれまた恋人になるまでの過程を書くとして・・・)

********
「あらっ」
奉恩寺駅を降りたところでケータイの充電が切れていることに気づいた。
「いつから切れてたのかしら?」
久しぶりにかかってきた女友達と話が弾んだのが一時間前。そのあと電車の時間だからと慌てて
ケータイを切った。もしかしてそのとき既にバッテリー切れだったのかもしれない。
腕時計で時間を確認する。
<18:55>
『ヤバいわ。あと5分しかない』
時間にルーズなのはいつも私で、向こうはだいたい時間通りか、それよりも前に到着している。
今日は時間通りに到着しなければ、ご飯をおごる約束をさせられていた。
『取りあえず待ち合わせの場所に行こう』
おごるお金が惜しいわけじゃない。むざむざと勝負に負けるのは悔しい。すぐに会うんだから、
ケータイの充電はとりあえず後で考えよう。
ウンスはケータイをバッグにしまうと、奉恩寺の山門へと足早に歩きだした。しまう直前に、女友達
から電話がかかって来る10分程前に、公衆電話からの着歴があったことをウンスは思い出す。
『間違い電話かしら?』
特に気にもせず、ウンスはそのことをすぐに忘れてしまった。

ひっきりなしにクラクションが鳴り響く高速の渋滞を、ようやくのことで抜けて一般道に降りたかと
思えば、そこもやはり渋滞していた。暗澹たる気持ちでカーテンの隙間から、外を睨みつけるように
眺める。
既に陽は暮れて窓の外はネオンが眩しい。社内も煌々と明かりがついていて、反射した窓にはニヤ
ニヤと面白そうに見ている見慣れない男と視線が合う。
「チェ・ヨンよ。まあ、落ち着けって。事故で渋滞が余計にひどいんだとよ」
ふざけた格好と見慣れない髪型のせいだろうか。これはオレの知っている先輩じゃないから、殴っても
いいとさえ思う。すると、剣呑な空気を察知した先輩が慌てて両手を振って牽制する。
「おい、よせよ。渋滞はオレのせいじゃないだろうが」
「・・・」
「まあ、お前を誘ったのは悪かったよ」
ヨンは小さくため息をつく。こんな展開になることは、恐らくこの場の誰もが想像しなかったに違いない。
車内に目をやると、十人ほどが乗ったスタレックス(日本版ハイエース車)の中は、高麗時代のウダルチ
という近衛隊の格好をした男たちが、頭のてっぺんに丸いつけ毛を載せたまま、居心地悪そうに座っていた。
中には、鎧をつけたままでも器用に居眠りしている者もいた。
「おい、ヨンア。ここからなら歩いて行ったほうがいいかもしれんぞ」
ペ・チュンソク先輩が、運転席から振り向いて声をかけてくれた。
「あと、どれぐらいですか?」
ヨンが尋ねる。
「うーん・・・2㎞はないだろうが。あ、いや、だけどお前、その格好では難しいな。せめて鎧を脱いでいけよ」
「その格好で運転している先輩のほうがすごいです。このまま行きます。革製の鎧だからまだ軽いです」
渋滞の中、チュンソクが車を端に寄せると、ヨンが座席から立ち上がる。
「ありがとうございます。助かりました」
礼を言って車の外に出る。外は昼間の陽気をまだ含んでおり、じんわりと暖かい。車内は厚着している
自分たちにあわせてクーラーを最大限までかけていたことを思い出す。
「それじゃ」
「ああ、また明日電話する」
チュンソク先輩の言葉に頷いて、車のドアを閉める。
すぐに窓が開いて、チャン・ドルベ先輩が顔を出す。
「おい、ヨンア!今日は彼女としっぽりやれよ」
通りを歩く人達にまで聞こえるほどの大声で言われ、ヨンは居たたまれない。
『やはり、殴っておくべきだった』
物騒なことを考えながら、その言葉には返事をせず、奉恩寺のほうへむかって走り出した。

道行く人がすれ違いざまに振り返る。
「えっ!?何あれ?」
「映画の撮影か?」
「ハロウィンと燃灯祝祭を間違えてるんじゃ?」
「とんだ勘違いヤローだな」
走っているときは聞こえない声が、信号待ちではまともに刺さる。早く変わってくれと睨むように信号機を
見つめる。
『誰がこんな恰好でいたいものか』
けれど選択の余地はない。
これしかなかったのだ。

割のいいバイトがある。
たった一日で○万ウォンもらえるんだ。
その代わり、朝は午前二時に集合で、解散は午後三時過ぎ。
地方の撮影所に行って、エキストラで立ってりゃいいだけだし、出番がないときには遊んでていいんだとよ。
送迎バスもついてるから交通費もかからない。
但し、若くて身体つきのいい奴を十人以上集めないといけない。
なあ、お前。後生だからつきあってくれよ。

そんなチャン・ドルベの誘いを、ヨンはにべもなく断った。
「その日は、用があるから行けません」
丁重に断ったのに、先輩は諦めてくれなかった。その時点で、既にヨンは先輩の頭数に入っていたようだった。
(勧誘の報酬を別で貰っていたのかもしれない)
結局引きずられるようにしてスタレックスに乗せられたのだった。

自分を連れていった理由はすぐに判明した。
ドラマの撮影場所で主役のカメラテストを行う際に、背格好や顔つきが似ている自分が適役だったのだ。
エキストラの仕事はただ立っているだけで、確かに割のいいバイトではあった。

ただ、トラブルは帰るときに起こった。

撮影の衣装に着替えたあと、自分たちの着替えや貴重品を置く場所がなく、載ってきたスタレックスに全て
置かせてもらっていた。そして自分たちが撮影に臨んでいる間に、ドライバーの家族に急病人が出て、慌てた
ドライバーはヨンたちの貴重品を載せたまま、ソウルに戻ってしまったのだ。
ヨンたちがそのことを知ったのは帰る直前で、チュンソク先輩がたまたまTシャツの胸ポケットに運転免許証を
入れていなければ、その車が戻ってくるまでぼんやりと待たなければならないところだった。
ドライバーとは、マポ区で待ち合わせることになっているが、そちらに寄ってからではウンスとの待ち合わせに
間に合わない。
撮影所近くの公衆電話からウンスのケータイに連絡を入れたが、知らない番号だったせいか、彼女は電話に
出てくれなかった。

<19:30>
ビルの看板に刻まれた時刻に、ヨンの心は逸る。
燃灯祝祭でにぎわう人の波を縫うように進みながら、ヨンはコエックスの前を駆け抜けて、奉恩寺に急いでいた。

<19:35>
『・・・何かあったのかしら』
ウンスの胸には不安が広がっていた。19時きっかりに、待ち合わせ場所だった奉恩寺の正面の灯りのところで
ヨンを待っていた。けれど、10分を過ぎても彼は来なかった。ケータイを取り出して連絡をしようにもバッテリーが
ない。急いでコンビニへ行ってモバイルバッテリーを購入した。電源を入れても着歴は残っていない。ヨンのケー
タイに掛けても呼び出し音が鳴るばかり。ここに至って、ウンスは公衆電話からの着信履歴があったことを思い
出して掛けてみたけれど、こちらからは掛け直すことができないというアナウンスが流れた。
「ふっ・・・ウッ・・・」
ヨンが来ない。ろくでもない想像ばかりが頭の中を駆け巡って、何か行動を起こさなければいけないという理性が
押し流される。そのうち喉の奥から嗚咽がせり上がって来て、心細さで今にも涙がこぼれそうになる。
『泣いたらダメよ。ウンス』
ギュッと唇を噛みしめて、顔を上げる。ゆっくりと息を吸って、吐いて。落ち着いたところで再び周囲を見回す。
と、チカチカした光が視界に入った。それは道路を隔てたコエックス側で信号待ちしている人達が、何かを撮影して
いるスマホのフラッシュの光だった。
『何だろう?』
不思議に思っていると、やがて信号が変わって大勢の人たちが横断を始めた。その先頭にいる人影に見憶えが
あった。
「ヨンア?」
だけど、何だか変だ。恰好が・・・見るからにおかしい。ウンスが目を疑っている間に、その変な格好のヨンらしき
人物がどんどん近づいてきて、目の前で立ち止まった。
「ハァハァ・・・遅くなった。ごめん」
荒い息の中でそう呟いた声は間違いなくヨンだった。
「・・・ヨンア・・・あなた、どうしちゃったの?」
来てくれた嬉しさもあるけれど、それよりも驚きと衝撃の方が大きくて、ウンスは真っ先にそのことを口にした。
「バイトでトラブって」
「トラブルって?」
「いろいろあって、ケータイも財布もない。おまけに服もないから、これで来るしかなかった」
苦々しそうに言うヨンとは逆に、ウンスは段々彼の不幸が可笑しくなってくる。無事だった。約束を守るために
急いで来てくれた。嬉しさで変なスイッチが入る。
「うんうん。フン」
頷くフリして最後に笑い声が漏れてしまったのを、ヨンは聞き逃さなかった。
「今、笑っただろ?」
「まさか」
口の端に力を込めて、笑いを堪える。
そのとき、ウンスのケータイが鳴った。画面を見てウンスが驚く。
「貴方からよ」
電話を受け取ってヨンが出る。
「もしもし?」
「あ、ヨンア。無事に彼女に会えたみたいだな」
「先輩。どうして彼女の電話番号を?」
画面は、暗証番号でロックしておいたはずだった。
「お前、わかり易いんだよ。アルファベットでウンス<eun-su>って打ったら一発だったぞ」
大学でヨンとウンスがつきあっていることは、まだ一握りほどしか知らない。その一握りの中にチャン・ドルベが
いたことを、ヨンは思い知る。
「お前のケータイと財布。あ、それから服なんだけど、本人意外には渡せないって言ってるから、明日にでも
取りに行けよ」
「先輩。なぜ明日なんですか?」
嫌な予感がした。
「就業時間が過ぎたから、明日にしてくれってよ。じゃあな、伝えたぜ」
電話は一方的に切れた。
「何て?」
「服も財布も明日取りに行くしかないらしいです」
「・・・そうなんだ」
ウンスは顎に手をやってしばらく考える。
「じゃあ、うちに行きましょ」
「え?」
「ここから近いし、その格好じゃ目立つでしょ?途中で服も買わなくちゃ」
「燃灯祝祭は?」
それを一緒に見るために待ち合わせをしていた。
「いいわ。チラッと見ることはできたし、また来年来ればいいから」
ウンスはそう言うと、ヨンに手を差し伸べた。彼女の耳朶がほんのり赤くなっているのが灯篭の灯りでわかった。
ヨンはその手を掴むと、やや勢いよく歩き出した。
「ちょ、ちょっと。ゆっくり歩いて」
「ああ・・・悪い」
すぐにヨンが歩幅を縮めてくれた。
二人は並んで歩く。
「ねえ、ところでその格好は誰なの?」
「高麗時代末期、ウダルチと呼ばれた近衛隊の隊長の衣装らしい」
「そのつけ毛はどうしたの?」
「カメラテストをする関係で、主役と同じ髪型にされた」
「へぇ~(何を着ても様になるというか、画になるのよね、ヨンて)」
「・・・何?」
「ううん。なんでもない」

画になる隣の男にドキドキしているウンス。
初めて部屋に呼ばれて期待と緊張がMAXのヨン。

そんな二人を奉恩寺の弥勒大仏が優しく見守っていた。

<おわり>

長くなっちった(汗)
単に「コエックス→奉恩寺」に向かうヨンが書きたかっただけなのヨン。
今日は旧暦の4/8。
この日は奉恩寺で燃灯祝祭が行われるそうです。
ヨンが初めて天界(ソウル)に来たのもちょうどこの燃灯祝祭の期間中でした。
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前からずっと奉恩寺に関するお話を書きたくて、どうにか間に合った。
ヨンでくださってありがとうございました。



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