「処方」ヨンが飲んだら 後篇

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ヨンは自室に入ると鬼剣を壁に掛け、腕抜きの紐を解く。外した腕抜きを卓の上に置き、
帯を解いて上衣を脱ぐ。脱いだものを部屋の手すりにかけると、そのまま手すりに身体を
預ける。
数歩先の寝台、部屋の隅の長椅子、背中越しの床。それらをさっと一瞥すると、短いため
息を漏らす。万に一つというその妙な夢というものを、今の己は見てしまいそうな気がして
眠ることは諦めた。
問題は薬の効き目が切れるまで、どうやって過ごすかだ。
そこまで考えて自嘲じみた笑いが漏れる。
『滑稽だ』
己が見せる夢に、狼狽えて眠ることもままならない。けれど、数日前に見た夢は確実に
己を典醫寺から遠ざけていた。
あの方を目の前にしたら、抑えが利かなくなってしまうのではないかという危惧。
『あとは・・・』
顔を上げる。
『そうだ。オレは怖いのだ』
夢は己に都合のよいものばかりを見せた。けれど、現(うつつ)ではどうなのか。それを
知るのが怖かった。
ふと、腹に手を当てる。
あの方が切り、縫った傷が疼(うず)いた。この疼きが身体に広がると居てもたってもいられ
なくなる。夢を見てからというもの、その疼きは毎晩己を悩ませた。
『では、今日も・・・』
手すりにかけておいた上衣を手に取ろうとして、その手を止める。
疲れ果てて、夢も見ないほど深く眠ればいい。そう考えて康安殿から下がったあとに、夜の
鍛錬を見るようにした。いつもはチュンソクに任せている鍛錬だったが、己が見るというと
皆が「我も我も」と手合せを願い出てきた。
だが、昨日あたりから部下たちが露骨に視線を避けるようになった。懇願する皆の視線を
一身に受けたチュンソクが、
「あの、テジャン。夜の鍛錬はやはり私が・・・」
と言いにくそうにしているので、仕方なく察した。

改めて、朝までどうするかを考えていると、フッと部屋の灯りが消えた。明かりは柱に一つ
しか点けておらず、何かの拍子に消えても特段に驚きはしない。
けれど、次の瞬間ヨンの身体に緊張が走った。

瞬きをする間に闇が入れ替わった。
手にじっとりと汗がにじむ。
香の匂いが鼻をつく。
『ここは・・・どこだ?』
見知らぬ闇に息苦しさを覚える。身動きはせず、目が暗闇に慣れるのを待った。頭上から
仄かな明かりが漏れており、それでようやく周囲の状況がわかった。
夜の空井(からい)の底。
己が立っているのは、そんな場所だった。
『これは・・・夢なのか?』

ウンスは部屋に入ると、無造作に束ねていた髪を下ろす。卓の椅子に腰かけて、手拭いで
髪の水気を根元から毛先へと丁寧に吸い取っていく。機械的に手を動かしていたその視線
の先に、揺れる秉燭(ひょうそく)の炎があった。
じっと見つめる。いつの間にか手は止まっていた。
「ふーっ」
大きなため息を一つ吐いて、机に突っ伏す。そのままでしばらく動かなかったウンスが顔を
横に向ける。
ふと、棚の上に置いた麒麟の香炉に目が留まる。
それは、昼間にイムグムニム(王様)から賜った品だった。前にもらった高麗青磁を割って
しまったことを知ったイムグムニムが、「好きなものを持っていきなさい」と見せてくれた品々の
中にそれは居た。
縦横20センチほどの香炉。丸みを帯びた麒麟のフォルムがなんとも可愛らしい。ひと目ぼれ
だった。背中のところに蓋があって、そこに香を入れて焚くらしい。両耳の穴から煙が立ち昇る
そうで、それらしい穴が空いていた。
ウンスは麒麟の香炉を手にとって、そのまま暫く麒麟を眺める。磁器で出来ているから冷たくて
滑らかな手触りのはずなのに、それはまるで生きているように温もりがあった。
「なんでだろう?」
呟いたものの、さして気には留めない。じっと見つめていると、麒麟は居たたまれない、困った
顔をしているようにも見える。
「ぬいぐるみに話しかける人の気が知れないって思ったけど・・・」
青磁の頭を撫でる。
「ふふふ。悪くないわ」
ウンスは頬杖をついて、卓の上に置いた麒麟との一方的なおしゃべりに興じる。
「知ってる?ウダルチの鎧にはあなたがデザインされているのよ」
あの人の鎧は、前に二つ、後ろに一つ。麒麟のふんぞり返った鼻の頭を人差し指でツンツン
しながら、ウンスはヨンを思い浮かべた。
「テジャンは今日どうしてた?ねえ、教えて」
手を引っ込めると、頬杖をつく。じっと麒麟を見つめたあと、ハーッと大きなため息をついて
机に突っ伏す。
「ユ・ウンス、お前はどうしちゃったのよ」
ゴツンと卓に額を当てる。ゴツン。もう一度軽くコツンと当ててから、ゆっくりと顔を上げる。
「会いたいな」
もう何日も顔を見ていない。口にすると余計に会いたさが募った。
「ヒヒン(히힝)、ちゃんとご主人様を護ってね。ウダルチの子たちもよ。わかった?」
手を伸ばして麒麟の背中を撫でてやる。ふと、蓋の部分が気になった。
「何か入ってるのかな?」
開けた瞬間煙のようなものが立ち昇ったように見えた。そのあと、スッと鼻腔に抜ける香りが
した。中を覗いてみるが、暗くてよく見えなかった。それ以上の関心もなく、ウンスは蓋を閉じた。

翌朝。
とんとん。
肩を叩かれる。
それから逃げるように寝返りを打つ。
とんとん。
無反応。
すると今度は、グラグラと身体を揺すぶられた。
仕方なく目を開ける。
「トギ、早くない?」
いつもより暗い部屋の中を見渡して、ウンスが文句を言うと、
<テジャンが来てる>
とトギが手振りで伝えた。
「・・・えっ!?ま、待って。ちょっとだけ、待っててもらって!」
慌てたせいで声が大きくなった。トギが伝える必要はない。その声は外で待っていたヨンの
耳にまで届いた。

「おはよう、パートナー」
ウンスが表に迎えに出ると、ヨンが振り向いた。
「しばらくこちらには参っておりませんでしたので、様子を見に伺いました」
しばらく会わないと、この人はいつもこんな風に距離を置いた言い方をする。
「入って。お茶を淹れるから」
断られてしまう前に返事を待たず、さっさと中に入る。ヨンがあとをついてくると、
ウンスは小さくガッツポーズをした。

「どうぞ」
席についたヨンに、ウンスがお茶を差し出すと、ヨンはそのお茶を黙って飲む。
向かいに座ろうとしたウンスが、ヨンの傍を通り過ぎたときにふと気づく。
「あら?貴方、ヒヒンと同じお香の匂いがするわ」
「ゲホッ!」
ウンスがそう呟いた途端、ヨンが盛大にむせた。

らしくない。
何だか可笑しくてウンスはクスクス笑う。

ばつが悪い。
面白くない顔をしてみるが、長くは続かない。目の前で楽しそうに笑うウンスの笑顔に、
頬が緩む。

『逢いたかった』
『逢いたかった』
その瞬間二人は同じことを思っていた。

<おわり>

j様の帰国までに間に合ったかしらん(汗)

下書きはほぼ出来上がっていたのですが、ウンス版とかなり似通っていた(T_T)
で、テイストを変えてみたくていろいろ試行錯誤。

モデルになったのはこの子です。
(画像はウィキからお借りしました)
麒麟の香炉

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