【シンイで年越し企画2015】紅楼夢 27

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七年前。

 婚約を翌日に控え、初めて許婚となる相手と対面した。その日に至るまでに、幾度
となく母と婚約のことでぶつかっていたこともあり、その場に臨む己の表情は固かった。
母は、こちらを横目でチラリと見ると、
「これのことは気にしないで。いつもこんな顔ですから」
と向かいに座った相手の母に言い繕っていた。
 卓の向こうの母子がどんな表情をしていたのか、ヨンスは見なかった。ただじっと
卓を睨み据えていた。
 重い空気が漂う。しばらく沈黙が続いたのち、母がいつにない明るい声色で口を
開いた。
「ヨンス。ホンイに庭を案内して差し上げて。私たちは明日のことで母親同士いろ
いろと決めておかねばならぬことがあるから」
 それが口実であることは、その場の誰もがわかっていた。承知の上でそれにつき
あうには覚悟が必要だった。ひと呼吸以上置いてのろのろと席を立った自分を、
母親がじれったい目で眺めていたが、それ以上は畳みかけてこなかった。
「ホンイや。ヨンスについて行きなさい」
 母が子供に優しく声をかけるのを背中で聞いていた。しばらくして椅子を引く音が
すると、衣擦れとともに軽い足音がしてすぐ後ろで止まった。

 庭に出ても、ヨンスは後ろを振り返ることができなかった。何を話せばいいのかわか
らず、気詰まりなまま、ただ黙々と二人は距離をとって歩いていた。
 やがて、庭の中央にある四阿(あずまや)までやってくると、ヨンスは不意に立ち
止まった。母は時折ここでカヤグムをつま弾くことがあった。母の背中を思い出すと
同時に、心の奥底にしまっていた事柄が浮かんできた。
『なぜ、それを思い出したのか』
 ヨンスはわかった。後ろにいる子供がそれを呼び起こしたのだ。
「そなた、歳はたしか・・・」
 前を向いたまま、つぶやくように問う。
「八つです」
 背後から、か細い声で答えが返ってくる。
「そうか・・・」
 ようやく振り返ったヨンスは、初めてまともに許婚となる子供と目を合わせた。
向こうは、見つめられて明らかに緊張しているようで顔が強張っていた。あどけなさ
が窺えないのは緊張のせいなのだろうか。もしくは、歳よりも大人びているのかも
しれない。ふとそう思った。
 そうして見つめているうちに子供の目が潤んで、ぽろりと涙がこぼれた。睨みつけて
いると誤解されたのかもしれない。怖がらせる意図はなかった。どう接していいのか
わからず、狼狽えた。
「感謝する」
 気がつけば、口からそんな言葉が飛び出していた。子供は唐突にそう言われて、
戸惑っているようだった。
「私がウダルチに入ることを、母はずっと反対していた。だが、そなたと婚約する
ことを条件に、母はそれを許してくれたのだ」
 ゆっくりと言葉を選んで話す。子供を相手に会話をすることなどまずない。わかって
もらえるように伝えることの難しさに、心がくじけそうになる。
「・・・ホンイ」
 仮初めの許婚に関心もなく、名前をきちんと聞いていなかった。先ほど母が呼んで
いた名前をようやく思い出して口にする。
「はい」
「私はお前を助けた。お前も私を助けたのだ。わかるか?」
「はい」
「互いに助け合ったのだ。だから、私に悪いと思うことはない」
「・・・はい」
 『意に沿わない婚約ではあるが・・・』その言葉を、口にすることは躊躇われた。
「さあ、行こう」
 促されてホンイが歩き始めると、ヨンスは歩幅を合わせた。

 戻ってきたヨンスとホンイが並んで歩いており、そのうえホンイがヨンスに笑顔を
向けている様子に、ホンイの母は胸を撫で下ろし、ヨンスの母は内心驚きつつも、
それを表情には出さないでおいた。

 帰る母子を、門の外まで見送ったあと。ヨンスは隣に立つ母を見つめる。
『母上、今でも・・・』
母が視線を感じたのかこちらを向く。
「?」
「・・・何でもありません」

 ヨンスが十歳のとき、母が懐妊した。ヨンスが生まれてから実に十年の月日が経っていた
ので、半ば諦めていた両親が大層喜んでいたことを憶えている。もちろん自分も心待ちに
していた。弟や妹がいるというのはどんな心地なのだろうと過ぎる日々を長く感じながら
その日を待った。
 当時の己は何も知らなかった。出産というものが命を賭して行われるものだと。産み月に
入って間もなく母は産気づいた。それまでの順調な経過が嘘のように、母は大変な難産の
末に、この世に子供を産み落とした。
 生まれつきどこか悪かったのだろう。その子はあまりにも小さかった。夜のしじまに
か細い声を上げて生まれた命は、陽が昇るとともにその光に溶けるようにこの世を去った。
 母がそのことを知ったとき、言葉にならない声を上げて半狂乱になった。心の高ぶりが
ようやくおさまったころ、母は父に「どうしても」とせがみ、冷たくなった子を抱かせてもらった。
 生まれた子は女の子だった。母は茫然としたまま、いつまでもその子を抱いていた。

あれから八年が経つ。
妹が生きていれば、ホンイと同い年。
母がホンイに肩入れする理由を、わかった気がした。

<つづく>
ヨンス母のキャラ設定は日本の女優さんです。
彼女は昔「未婚の母」として子供を産みました。
でも、子供は数時間後に死亡。
彼女自身も難産で一時は危うい状況でした。
目が覚めたときには、子供はすでに亡くなっていて。
憔悴しきった姿を当時の写真誌がスクープしていました。

このことを知ったのはリアルタイムではなく、
「今人気のあの女優の過去!」
という感じの特集だったと思います。
「ここまで写真誌の人が立ち居るのか」という腹立ちと、
そんな写真誌の人に反応できないほど、茫然自失で
病室のベッドに横たわる女優さんが忘れられません。

ずいぶん昔のことですが、お名前は伏せさせて頂きました。

まだ、しばらくヨンス回想編は続きまする(-"-)


ヨンで頂き、ありがとうございました♪
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