【シンイで年越し企画2015】紅楼夢 9と10

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「十七まであと二年。今、婚約を解消する理由を聞いてもいい?」
 便宜上の婚約を交わした経緯はわかった。では、今なぜその婚約を解消しよ
うとしているのだろう。ウンスは、その理由が気になった。
「・・・兄様には、真(まこと)の許婚がいらっしゃったのです」
 溜めていた息を吐き出すのと同時にホンイが言葉を繰り出した。

 ひと月ほど前のこと。
大通りから一つ入った小路を歩いていたときだった。角を曲がろうとしたとき、
斜向かいの店の軒先に目が留まった。ヨンスがそこにいた。
 七年前に見送った際には線が細く、幾分ほっそりとした印象を受けたヨンスだ
ったが、今、視線の先にいるヨンスは凛々しい青年へと変貌し、ウダルチでの
日々の鍛錬の成果を物語るように、体躯は厚みを増していた。
 頭の中でずっと思い浮かべていたヨンスと、目の前のヨンス。その二つがうま
く重ならず、戸惑いが霧のように胸の中に立ち込める。けれど、次の瞬間二人の
ヨンスがピタリと重なる。
 気に入った品でも見つかったのだろうか。俯いていたヨンスの顔に微笑みが
浮かぶ。笑みを浮かべたその面差しは、ホンイが「兄様」と呼ぶヨンスその人
だった。勇気づけられたホンイは一歩また一歩とヨンスに近づいていく。ヨンス
は店先の小物に見入っており、顔を上げる気配がない。
 通りを挟んだこちらからは、まだ少し距離があった。声をかけようか、どうしよ
うか。迷っている間に、ヨンスがふと顔を上げる。ホンイは立ち止まった。ヨンス
がこちらの気配に気づいたのだろうかと思った。
 すると、店の奥から背の高い、目鼻立ちの整った女性が出てきて、いきなりヨ
ンスの腕を引っ張る。最初は嫌そうな態度を見せていたヨンスが、渋々ながら
も引かれるままに、店の奥へと入って行く。
 縫いつけられたように、その場から動けなくなった。どのくらいそうしていただ
ろうか。やがて、二人が店の奥から出てきた。女性は上機嫌でヨンスの腕に手
をからませて耳打ちすると、ヨンスは外そうとしていた手を止めてそのままにし
ていた。
 店の主の中年女性が、二人を見送る。数件先の服の生地を取り扱う店で、女
性が足を止めると、ヨンスが女性をそこに待たせて店に戻って来た。先ほど見
ていた品を手にして代金を払ったヨンスが、再び女性の元に戻って行く。
 一連の出来事をホンイはただぼんやりと見ていた。二人が通りの角を曲がって
消えてしまっても、その場を動けずにいた。放心して立ち尽くすホンイに、誰か
がぶつかって、その勢いでようやくのろのろと歩きだす。
 足はいつの間にか、先ほどヨンスが立ち寄っていた店の方へと向かう。店先
で、ヨンスが見ていたと思しき辺りを黙ったまま見つめていると、気づいた主が
奥から声をかけてきた。
「お嬢さん。その髪飾り、いいでしょう?ついさっき、それと色違いの赤と白が売
れたばっかりなんですよ。その黄色も、若々しいお嬢さんにお似合いですよ」
 主は、ホンイが興味を引くようにと一気にまくしたてる。
「腕のいい職人が、一つ一つ拵えた品でしてね。赤いのを買った娘さんも、ひと
目で気に入って。でもねぇ・・・参りましたよ。半値にしてくれって言われましてね。
そんなことしたら、こっちは儲けがなくなっちまう。それで、婚書(ホンソ)を入れ
る箱を、一緒にいた許婚の旦那に買って頂いたんですよ。それなら、こっちも
損はないですからね。その旦那、相手の娘さんに内緒であとから白いほうもお
求めになって。いい男がベタ惚れで太っ腹だなんて、羨ましいったらありゃしない」
 調子に乗り過ぎたと思ったときには遅かった。客の若い娘は何も言わず、店
先を後にしていた。

 婚約が仮初めのものだということを、どうして自分は忘れていたのだろう。
「私はいつの間にか、兄様の真の許婚だと思いこんでおりました。けれど、そうで
はなかったのです。兄様は、そのお心に別の方を抱いておいでだったのです」
 日が経つにつれ、あの日見た光景の衝撃が薄れると、今度は、ヨンスを仮初めの
約束に縛りつけていることに、いても立ってもいられなくなった。それで、婚約を
解消すると母に言い、説き伏せたのだという。

「婚約を解消したそのあと、あなたはどうするつもり?」
「私は・・・大丈夫です」
 ホンイは、自分に言い聞かせるように答える。
 七年の間に世の中も、ホンイを取り巻く状況も変わっていた。今の王様は元国へ
の朝貢を取りやめにしており、父は狩りの際の落馬がもとで身体の具合を悪くして
以来母と自分を頼りにしていた。恐らく、自分は貢女として差し出されることはな
いだろう。
『けれど・・・』
 これから先、兄様を想わずに生きていくことが出来るのか。そう訊かれていたら
返事が出来なかっただろう。断ち切れぬ思いを、婚書を返すことで絶ってしまおう。
それがホンイの決意だった。

 最初は、ヨンスに会って直接婚書を返そうとしたけれど、二人で会っているとこ
ろを相手が見たらと誤解を受けてしまう。それで、母の知り合いだったメヒャンに
相談したのだった。ヨンスが自分のことを忘れていて、「お前は誰だ?」と尋ねら
れたらという不安や怯えは絶えずつきまとい、いっそ誰かに渡して終わらせたいと
いう誘惑に駆られたのが先ほどの顛末だった。

 顎に片手をあてて考え込んでいたウンスが顔を上げる。
「それじゃ、こうしましょう。一対一で会うんじゃなくて、大勢で会いましょう。
ヨンスさんがあなたを見分けられたら、直接婚書を彼に返す。あなたのことが誰だ
かわからなかったら、そのときは私がその包みを預かって話をするわ。どうかしら?」
「大勢・・・ですか?」
 ホンイが戸惑いの声をあげる。
「天界では合コンっていうんだけど・・・あと四人ほど女の人を集めてもらえます
か?できれば、ホンイさんと歳が近いほうがいいわ」
「わかりました」
 メヒャンはウンスの意図がわかったようで快諾してくれた。
「じゃあ、決まり。私は、ヨンスさんを含めたウダルチを五人ほど呼ぶわ。人数は
合わせなくちゃね。ホンイさんは、さりげなくヨンスさんの隣に座ってね。但し、
私は呼び出すだけよ。その先は知らないわ」
 そこから先は二人の問題だから。ウンスの言葉に込められた意味をくみ取ったホ
ンイは、覚悟を決めて、
「はい」
 と、厳かに答える。ウンスはにこりと笑う。
「さあ、それじゃあ、早速文を書きましょ」
 雰囲気をガラリと変えるように明るく言うウンスに、ホンイもようやく口元をほ
ころばせる。
「あ、それから私、漢字が書けないのよ。画数が多いし、難しいし。だから、誰か
に書いてもらわないといけないんだけど・・・」
「私が書きます」
 メヒャンが答えて、紙と筆を用意する。

<ケンチャナヨ괜찮아요>
 メヒャンが書いた文の最後に、ウンスが細筆でハングルを一言書き加える。メヒ
ャンもホンイも、丸印と棒で記された文字に目を注ぐ。
「これは天界の文字ですか?」
「そう。これは天界の言葉で<大丈夫>っていう意味よ。これはあの人の心を守る
呪文だし、メヒャンさんにとって護符になるかな」
「護符・・・ですか?」
 メヒャンが首をかしげる。自分の名前がそこで出てくるとは思ってもみなかった
ようだ。
「<この人は悪い人じゃありません。だから私は大丈夫よ>。そう書いておかない
と、心配性の虎が来たときに、勢い余ってあなたを咬むかもしれないから」
 冗談なのか本気なのか真意を計りかねているメヒャンに、
「ヨンスさんに確実に来てもらいたいの。だから、あの人に連れて来てもらうわ」
 とウンスがいたずらっぽく笑う。
「ああ・・・それでは・・・」
 メヒャンがようやく理解する。
「『崔塋様へ』って、表に書いてください」
 ウンスがニッコリ笑う。

<つづく>

よ、ようやく・・・やっと・・・
ヨンス&ホンイから脱出しました。
でも再会したらまた長くなるんじゃないかとちょっと怯えてたりして(汗)

再会した二人には触れずに終わらせたりして~あははははは
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