【シンイで年越し企画2015】紅楼夢 4

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 妓楼に到着する前のこと。

 辻をあと二つほど行けば妓楼というところで、気配に気づいたヨンがふと立
ち止まる。すると、灯りもない脇の小路からマンボがのっそりと姿を現す。
「来たか」
「師叔」
「ちょっとこっち来い」
 マンボに手招きされ、ヨンは通りにウダルチを残して小路へ逸れる。
「あの方は?」
「無事だ」
「囚われているのか?」
「いいや。店の女どもと仲良くやってたぞ。しばらく物陰から様子を見てたん
だけどよ。こりゃ、大丈夫だと思ったんで、出ていって話したのさ」
 前のめりで尋ねてくるヨンの心配そうな顔つきと、さっき様子を見てきたあ
の娘(こ)のはしゃいだ姿。その落差に、マンボは口元が緩む。
『今からそんな顔してるんじゃあ、あの娘を見たときの、お前の顔が見ものだ
な、こりゃ』
 「アジョッシ、あの人には内緒にしてね」と頼まれてるから、教えられねえ
けどよ。
「何があったのか、聞いたか?」
 マンボは、ウンスが妓楼に行くことになった経緯をかいつまんで話す。
「その主(あるじ)の目的は?」
「ウダルチさ」
 マンボはチラリと通りのほうに目をやる。
「やはり」
 驚きはなかった。同行する者を名指しされているのは狙いがあると思っていた。
「ウダルチの若い衆に用があるそうだ。ただ、伝手(つて)がないもんで、ど
うしようかあぐねていたところへ、あいつらがあの娘を警護しているのを街中
で見かけたらしい。それで強引に渡りをつけたんだとよ」
 ヨンも通りに視線をやる。トルベらには、会話は聞こえていない。だが、二
人の視線を受けて「何だ?」と互いに顔を合わせていた。ヨンはマンボのほう
に向きなおる。
「あいつらに何の用だ?」
「さあな。危ない話でも、うまい話でも、痴情沙汰でもないんだとよ。そんな
ら面白くねえから、聞かなかったさ」
 興味なさそうに、鼻をほじって毛を抜いているマンボに、ヨンは別の質問を
ぶつける。
「ソガン亭という妓楼、どんな店なんだ?」
 ヨンは憂慮していた。妓楼は、華を求める男たちが詰めかけてくる場所だ。
そんな所にあの方がいるというだけで心が焦る。しかも、ソガン亭について今
わかっていることと言えば、スリバンの頭目(マンボ姐のこと)が寄越した、
店の場所とメヒャンという女主人が営んでいるという情報のみ。トルベも聞い
たことのない店の名だと言う。店の様子が全く掴めないだけに、あの方が心配
でならない。
 気を張り詰めているヨンとは反対に、
「まあ、あそこなら心配ないさ」
 抜いた毛をフウッと吹き飛ばしながら、いたってのんびりとマンボは答える。
「どういう意味だ?」
「野郎は入れねえんだよ」
 マンボがニヤリと笑う。
 「妓」という言葉は、「技に長けた女」という意味を持つ。妓生はそもそも
秀でた技能と見目麗しさで人を喜ばせる女性を指す言葉だった。歌や舞はもち
ろんのこと、鍼灸(しんきゅう)や調薬、刺繍や書画、話術など、人を喜ばせ
る、楽しませるということであれば、分野を問うことはなかった。
 時代は変わり、或いは需要が大きく傾いて、大概の妓楼は優れた技を持たぬ
妓生を多く抱え、技能の代わりに別のもので客を喜ばせている。そんな中、ソ
ガン亭では、秀でた技能を持つ女たちが、己の技能でもって客を楽しませ、或
いは喜ばせているという。
 妓生の見目の麗しさは問わず、男性客を断っている変わった妓楼で、そんな
妓楼があることさえ、男たちは知らない。だが、女たちにとって、そこは知る
人ぞ知るという場所だ。鍼灸の施術を受けたり、身体の不調を治す薬膳料理を
食したり、疲れた身体を薬湯と按摩で整えたり。他にも、髪や肌の調子を整え
に行く女が後を絶たない。
 マンボからソガン亭について教えられたヨンは、瞠目する。
「そんな妓楼があるのか?」
 にわかには信じ難い。
「あるんだからしょうがねえ」
「頭目は知っていたのか?」
「ああ、どうせお前は首を傾げるだろうから、オレから説明してやれだとよ」
 今居る場所がどういう場所なのか、ウンスに教えてやったとき、驚きつつも
かなり喜んでいたのをマンボはふと思い出す。
「そんでもあの娘は喜んでたぞ。<いえすとお>とか、<り、らく>とかなんとか」
『天にもそのような場所が?』
 ヨンはチラリと思ったが、マンボに向き直る。すると、マンボは両手を軽く
挙げて見せる。
「これで終わりだ。おい、オレぁ、もう帰るぞ」
 報告することはこれでおしまいだというマンボに、
「ああ」
 とだけヨンが答える。今聞いた内容を、頭の中で整理しているところのよう
だ。小難しい顔になっているヨンをマンボは窺う。
『あんな顔して妓楼に行く野郎があるかよ』
 いたずら心がくすぐられたマンボは、
「おい、ヨン。今夜はあの子としっぽりやれよ」
「!?」
 通りで待っているウダルチの耳に届くほど大きな声でそう言うと、ニヤニヤ
して背を向ける。さぞかし慌てた顔をしているだろうと愉快な気持ちで歩き出
した途端、背後から「師叔!」と呼ばれる。小言でも言われるのかと思って、
顔だけを振り向かせると、
「助かった」
 ヨンはそれだけ言って、踵を返してウダルチらの方へ歩いて行った。見送る
形で立ち止まったままのマンボの視界から、やがてヨンたちが見えなくなる。

 その場に立ち止ったままのマンボの背後に、音もなく影が近づく。それはマ
ンボのすぐ後ろに迫った。
「行ったね」
 マンボは後ろを振り向きもせず答える。
「ああ、行ったな」

<つづく>

私の話の中に登場するソガン亭は妓楼という形態をとっていますが、
エステサロン、もしくはリラクゼーションを目的としたお店という
感じでいきたいと思います。
(何度書いても文章が設定説明になっちゃっう・・・)

妓楼で壁にもたれて余裕ぶっこいていたヨンは、事前に師叔から
情報入手済みだったのであらぬことを考えるほど気持ちに余裕があった。
そうお考えください(笑)

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