ムカデにまつわるエトセトラ 10

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 生きたムカデで、蜈蚣油を作る。ムカデと言えば、干した状態でしか見たこ
とがない者も多い薬員たちにとって、生きたムカデで漢方を作ることは、探求
の糧になるとチャン・ビンは考えた。
「これが、そのムカデで作った漢方薬、蜈蚣(ごしょう)油です」
 そう言って、チャン・ビンが持って来た木の盆ごとヨンの手元に差し出す。
ヨンは、丸みを帯びたその小さな青磁の壺を手にとると、鼻を近づけて匂いを
嗅いでみる。鼻腔から伝わってくるのは、油の材料である胡麻の香りのみで、
それ以外にはこれといった匂いを嗅ぎ取ることができない。
 次にヨンは壺の中を覗く。壺の首は短く、口は広めで水面がよく見えた。ヨ
ンは、片手で卓の上の秉燭(ひょうそく)を持ち上げて水面を照らしてみる。
夜の灯りのもと、油の濁りで克明には見えないが、油にたゆたうムカデの姿を
認めることはできた。目の前の蜈蚣油を束の間眺めてからヨンが口を開く。
「オレが知っているものとは別物のようだが」
 ヨンが知る蜈蚣油は、かなり強い臭いを放つものだった。色もまた異なって
いた。チョグォルテの、或いはウダルチの隊員らが使っていたものは、どす黒
い色をしていた。
 ヨンの問いに、チャン・ビンが頷く。
「それは今朝漬けたばかりだからでしょう。その壺は太白油(焙煎していない
ゴマ油)を使った蜈蚣油です。この後風当りがよく、日の当たらない場所に置
いて、封をしてしばらく寝かせます。やがて、ムカデが油に溶けてなくなる頃、
油は濁った色に変わり、特有の臭いを放つようになります。そうして初めて蜈
蚣油の出来上がりとなります」
 話しているチャン・ビンの隣で、ウンスが顔をしかめてイヤそうな表情を浮
かべる。チャン・ビンは横目でその様子をチラリと見てから、話を続ける。
「当初ムカデは十匹おりましたが、共喰いなどで残ったのは六匹。それを太白
油と菜種の油の中に三匹ずつ投じました。油の種類によって効能が違ってくる
のか。それも確かめたかったのですが・・・」

 チョナからムカデを戻されたのが三日前のこと。チャン・ビンは若い薬員の
二人に蜈蚣油を作る作業を任じた。トギから手順について手ほどきを受けた二
人は、今朝作業場でその蜈蚣油を作ったという。
 二人は手順通りに作業を行った。ムカデを素焼きの深い皿に全て移して、長
い箸で慎重にムカデを一匹ずつ長い箸で摘み上げて、油の入った壺に入れる。
ムカデは傷をつけずに、生きたまま油に漬けなければいけない。油に漬けられ
たムカデが、苦悶して毒を吐き出す。その毒が干したムカデよりも、効能が高
いとされている所以だ。そうして、予め用意しておいた二つの壺に三匹ずつ、
順番に入れていた。
 ところが、ここで事件が起きる。薬員たちが慎重に壺の油にムカデを入れて
いる間に、最後の一匹が深い皿から這い出て逃げたのだ。ムカデがいないこと
に気づいて、二人がかりで逃げたムカデを捕らえにかかった。幸いにもムカデ
は作業していた台の上で見つけ、それを壺に入れ、油紙で壺の口を閉じたという。

「え?でも、それじゃ・・・」
 ウンスがすかさず疑問の声を上げる。
「壺から逃げたか」
 ヨンがつぶやくように口を開いた。チャン・ビンが驚くこともなく頷く。テ
ジャンなら察すると思っていた。そんな表情だった。
「でも、壺の中にムカデを三匹ずつ入れたのよね?」
「この壺の中には、ムカデは二匹しかおりません」
 ヨンが静かに答える。先ほど壺を覗いたとき、油の中には二匹しか見当たら
なかった。チャン・ビンの話によれば、壺に三匹ずつ入っていることになるが、
一匹足りないことになる。
「逃げたのであれば、薬員たちは見つかるまで探したはずです。探さなかった
のは、壺の中にいるはずだと思い込んでいたからです。ムカデは多足ゆえに這
うことを得意としています。恐らく、二人が逃げたムカデに気を取られている
間に壺の口から這い出て逃げたのでしょう」
「オモオモ・・・」
 ウンスはただ呆気にとられていた。チャン・ビンが言い添える。
「医仙がムカデに咬まれたと聞いて、もしやと思い、壺の中を改めました。や
はり、片方の壺にはムカデが二匹しかおりませんでした。確認を怠ったため、
その後作業台を使っていた医仙が、そこに隠れていたムカデに咬まれたのです。
申し訳ありませんでした。典醫寺の責任者としてお詫びいたします」
 そう言って、チャン・ビンは頭を下げた。

<つづく>

え!そんなのあり!?な話はこの後も続きます(ごめんなさーい)
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