ムカデにまつわるエトセトラ 05

ここでは、「ムカデにまつわるエトセトラ 05」 に関する記事を紹介しています。
『とりあえず様子は見たからって、帰ったりしないわよね?ううん、そんなこ
とない。何も言わずに、勝手に帰ったりしない人よ。でも、万が一ってことが
あるわ』
 思い始めた途端歩みが早くなり、ほとんど小走りでウンスが部屋へと向かう。

 ヨンは、足音に耳を澄ませる。聞き慣れたヨインの足音だったが、やはり咬
まれたほうの右脚を、多少かばっているような感を受けた。戸口に立っている
自分が邪魔になる。緩慢な動作でヨンは戸口から一歩退く。
 日没から時間が経っていて、典醫寺の廊下は薄暗かった。明かりを灯す当番
は、まだ廊下まで来ていない。ウンスは部屋に到着すると、そのまま両開きの
扉の取っ手を掴み、一気に開けて飛び込むようにして中に入る。
「わっ!」
 ヨンが待っているのならテーブルの近くに、帰ろうとしているのなら玄関の
扉の近くにいると、ウンスは思い込んでいた。それなのに、ヨンが典醫寺の内
廊下へと続く出入り口、つまり自分の眼の前に立っていたので、驚いたウンス
が大声を上げる。
 その拍子に持っていた茶葉入りの紙を落としてしまい、茶葉が床に散らばる。
茶葉を包んだ紙を折り畳まずに、大雑把にくるんだのが失敗だった。ウンスが
反射的に茶葉を拾い始める。
 ヨンも、しゃがんで一緒に茶葉を拾う。薄暗い部屋で、頭を突き合わせて、
黙々と落ちた茶葉を拾っている自分たちが何だか滑稽で、ウンスは笑いがこみ
あげてくる。
「ふふっ」
「・・・何が可笑しいのですか?」
「別に何がおかしいってわけじゃないんだけど、何だかおかしくて。意味は別
にないわ」
 楽しそうなウンスとは反対に、意味がわからず、顔をしかめるヨンの表情が
薄暗い中でもぼんやりと確認できる。思った通りの反応に、ウンスは余計に楽
しくなってくる。
 目が利くヨンには、ウンスのはしゃいだ表情がはっきりと見てとれた。その
顔を見ているうち、先ほどからずっと強張っていた表情が、段々とほぐれて柔
和になるのが自分でもわかった。
「それにしても、どうしてあんな所に立っていたの?驚くじゃない」
 その問いかけに、ふとヨンの手が止まる。後を追いかけて、先ほどの話を問
い質そうとしたとは言えず、すぐに返事ができない。ヨンが返事をしないのは
よくあることなのでウンスが話を続ける。
「もう帰ったのかもしれないって、ちょっと思ったから、あんな所に立ってて
余計に驚いたわ・・・もしかして、遅いから様子を見に来てくれたの?」
 床の上の茶葉をつまみ上げながら尋ねるウンスに、拾う手を止めたヨンが、
しばらくして答える。
「すぐに戻るから待っていろと、仰ったのでは?」
 帰るわけがない。あのまま帰ってしまえば、眠れない夜を過ごすことになる。
いっそのこと、仔細を聞いて仕方のないことだったのだと自分を納得させたい。
狼狽したが、聞く覚悟はできた。ただ、仕方のないことで済まされない話、つ
まり自分が納得できなければ、それもまた眠れぬことになるのだが・・・
 ヨンの答えにウンスが微笑む。
「そうね、そうだった。「待ってて」って私が言ったのよね。私ったら、余計な
心配しちゃった」
 他意のない笑顔を向けられて、ヨンはたじろぐ。
『オレが帰ってしまうかと心配で、この方は慌てて戻ってきたのだ』
 まだ、痛みが残っているだろう脚で駆けてきたのかと思うと、申し訳ない気
持ちもあるが、それを凌駕する気持ちが沸き起こる。
 大方の茶葉を拾い終えて、二人は立ち上がる。茶葉をさっと湯で洗ったあと、
それを急須に入れて、ヨンが鉄瓶から新しい湯を注ぐ。急須の中の茶葉が開く
のを待つ間、ヨンが先ほど茶葉を包んでいた紙をぎゅっとねじる。
 細くねじり上げた紙を、火鉢で熾る炭にあてて火を貰い受ける。その火で卓
の上の秉燭(ひょうそく)に火を灯すと、次は部屋の隅の行燈へと移動して、
同じように火を灯す。
 部屋が柔らかい光に包まれる。行燈の前でしゃがんだヨンは、ねじった紙が
勢いよく燃え出す前に息を吹きかけて消すと、火が安定するのをしばらく見守る。
 ウンスは、ヨンを見つめていた。薄暗い中にあっても、その無駄のない身の
こなしと手際の良さがわかり、改めて感嘆する。火が灯ると、ヨンの顔がはっ
きりと見えて安心する。
 口調がぶっきらぼうなのはいつものことだが、何だか怒っているような雰囲
気も感じていた。
『遅くなったから怒ってるのかな?』
 心当たりと言えばそれぐらいだったが、明かりに照らし出された表情には、
怒っているような様子は窺えない。安堵したウンスはゆっくりとヨンを観察す
る。広い肩、長い指先、喉仏、やがて黒耀石のような瞳に視線が移っていく。
 チェ・ヨンがウンスの視線に気づいてこちらを向くと、
「あ、明かりが灯ると、何だかほっとするわね」
 取ってつけたようで、不自然極まりないと慌てているウンスをよそに、ヨン
は別段反応するわけでもなく、作業を終えて立ち上がる。ウンスは、急須と碗
を盆に載せるとテーブルに持っていき、
「座って」
 と、ヨンを促す。ヨンが座ると、ウンスも座って碗に茶を注ぐ。注ぎながら
「ん?」という顔をするウンスを見逃さず、ヨンが尋ねる。
「何か?」
「あ、ううん。チャン先生がプーアル茶だって言ってたから」
 プーアル茶と言えば、濃い茶色のイメージがあったが、碗のお茶はそうじゃ
ないみたいだ。灯りの下で見る色だからよくわからないけれど、どちらかとい
うと緑茶に近い色だろうか。
『時代が違えば、お茶の色も違うのかしら?それとも、チャン先生が間違えた?』
 自分の知識と違う茶の色に関心が涌いて、不思議そうに碗の中を見ているウ
ンスだが、ヨンは茶の色など、どうでもよかった。
 灯りに照らし出されたヨインの髪は、陽の光の下で見る赤銅色ではなく、栗
色に見えた。白磁のように白い肌も、その滑らかさに変わりはないが、灯りの
下で見ると温もりの色を帯びて・・・手を伸ばせば届くところにある髪に、頬
に触れたくてたまらない衝動にかられる。
 ヨンは卓の下でグッと拳を握って、衝動を断ち切る。
「どこで咬まれたのですか?」
 と、唐突に話を切り出す。ウンスは碗から顔を上げると、
「ああ、えーっと・・・違うわ。その前によ」
 ウンスが、「どうぞ」と手を差し出すので、ヨンは目の前に置かれた茶をガブ
リと一口飲む。チャン・ビンの茶はいつもうまかった。だが、今日は茶を味わ
うどころではない。
 ウンスも一口飲む。王妃様のところで飲むお茶もおいしいけれど、このお茶
も負けず劣らずおいしい。
『ということは・・・これって高い茶葉なのね、きっと。チャン先生って、実
はお金持ちだとか?それとも裕福な家柄とか?』
 違う物思いにふけってしまいそうになるが、じっと見つめる目に促されて、
ウンスはようやく語り始める。

<続く>

ぎゃー、ごめんなさい。ごめんなさい。
昨日のアップが間に合いませんでした(汗)
卓の上にあるあの灯りが何なのか気になって調べていたんですが
ヒットしなくて・・・やっと見つけました。
秉燭(ひょうそく)で合ってるかとは思うんですが、間違っていたらゴメンなさい。
秉燭(ひょうそく)

卓の上にあるのが秉燭(ひょうそく)、ウンスの奥にあるのが行燈ですね(多分)

ちなににヨンがボーっと立っていたのはこっち。
典醫寺の廊下
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
おはようございます♪

まぁ、ありがとうございます。
それではもっとゆっくりして頂くようにお茶を用意しますね(いそいそ)♪

実は・・・私も今夏、咬まれてしまったのです(汗)
少し小さめのムカデでしたが、咬まれた瞬間はそりゃもう痛かったです。
でも薬もないので、ムヒを塗っていました(笑)
そしたら今度は患部が痛痒くなって困りました。
さて、信義ではそのムカデがどうなるのか・・・
もうしばらくお時間を下さいナ

私ももう何年も韓国語の勉強をさぼってしまっています。
ドラマを字幕なしで聞き取りできるようになりたいはずでしたが、
未だに字幕が頼りです。

いつかは・・・いつかは・・・です(笑)


2015/10/31(土) 07:25 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015/10/29(木) 23:01 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する