ムカデにまつわるエトセトラ 04

ここでは、「ムカデにまつわるエトセトラ 04」 に関する記事を紹介しています。
 チャン・ビンは薬材の調合場にいた。医員たちが、十数種類の薬材の干し具
合を一つ一つ確かめていて、チャン・ビンはその作業を傍で見守っていた。
「チャン先生」
 ウンスが声をかけると、チャン・ビンが振り向く。
「茶葉を少しわけてもらえませんか?あの人、チェ・ヨンさんが来たから、お
茶を淹れてあげようと思ったんですが、茶葉が見当たらなくて。この前買った
ばかりで確かにあったはずなのに・・・」
 チャン・ビンは、ウンスの話を聞いてふと思い当たった。
「以前、こちらで何か作る際に茶葉を使われていたのでは?」
「あっ!そうだわ。やだ、すっかり忘れてた」
 言われてようやくウンスも思い出す。前に、緑茶入りの石鹸をここで試作し
ていて、買った茶葉を全部使い切ったのだった。どうりで、探しても見つから
ないはずだ。納得しているウンスに、チャン・ビンが尋ねる。
「茶葉は用意致します。それから、医仙、後ほど部屋のほうにお伺いしても宜
しいですか?テジャンに申し上げることがありますので」
「ありがとう。あ、でも、あのことだったらもう・・・」
 茶葉の礼を言ったあと、話の内容を察したウンスが「もうそのことはいいの
では?」と言いかけるのをチャン・ビンが制する。
「私の責任です。テジャンも事の次第を知りたいはずですし、必ずお尋ねにな
るでしょう。その前に、私から経緯を説明させてください」
 この件について、チャン・ビンは折れるつもりはないようだ。まっすぐな目
でじっと見つめられて、ウンスはあっさりと降参する。
「わかったわ」
 チャン・ビンは頷くと、「こちらへ」とウンスを促す。ウンスを連れて書斎
に行ったチャン・ビンは、書物が積まれている背の高い棚の一番上の段に手を
伸ばすと、紙の包みを下ろす。
 幾重にも包まれた紙を一つ一つ丁寧に広げると、中には20cmほどの円盤状
の茶葉が現れた。ウンスが興味津々で覗き込む。チャン・ビンは、棚に置いて
いた柄の短い錐(きり)を持ち出すと、円盤の側面に錐を差しこんで、ゆっく
りと上下に動かす。
 てこの原理で、やがてある程度の茶葉の塊が剥がれ落ちると、今度はそれを
丁寧にほぐし、傍にあった紙にそれを包んでウンスに渡す。
「普洱茶(プーアル茶)です」
 差し出された包みを受け取ると、
「ありがとう」
 と礼を言って、書斎を出る。
『少し時間がかかったかしら?まさか、帰ったりしてないわよね?』
 不安に思った途端、ウンスは小走りになって部屋へと急ぐ。

 ウンスが部屋から出ていってしばらくのこと。彫像のように固まっていたヨ
ンが、弾かれたように動き出して、そのままウンスが出ていった戸口へと向かう。
自分が戸口の前に立っていることに気づくと、今度は唐突に立ち止まる。
『どこに行くのだ?』
 どうかすると、足が勝手に動いて、部屋から出て行ってしまいそうになる。
それを理性でどうにか押さえつける。今出て行けば、あの方を捕らえに行って
しまう。掴まえたら、むやみに肩を掴んで揺さぶって、先ほどの話を聞き出し
てしまいそうで、それが怖かった。
 完全に混乱していた。ヨンは拳を固く握りしめて、荒ぶる感情を鎮めようと
試みる。まずは落ち着いて、それから考えるべきなのだが、心がうまくついて
こない。
 あの白い甲にチャン・ビンが口をつけて吸った。天界の言葉の意味は、正確
にはわからなかったが、恐らくはあの華奢な身体をチャン・ビンが軽々と持ち
上げて運んだのだろう。
 理性が「よせ!」と声を張り上げるが、昂ぶる感情がその声を打ち消して、
まるでいかにも見ていたように、そのときの光景を思い浮かべさせる。頭に描
いてしまうと、もうだめだった。腹の底から激しい感情が沸き起こって、その
感情をぶつける対象を、目が無意識に探し始めてしまう。
 ヨンは目をぎゅっとつぶる。拳が出ないように、腕を身体の脇にぴたりと押
し付ける。足が出ないように、両足の指にぐっと力を込める。そうやって、己
の中で吹き荒れる嵐にじっと耳を澄ませていると、やがて風は少しずつ凪いで、
ようやくのことで落ち着きを手に入れる。
 こんな自分は自分ではない。ヨインのこととなると、我を忘れて感情の抑制
が難しくなる。
『これは、オレなのか?』
 そうだ、こんな風にじたばたして狼狽えているのが、今のオレだ。そんな感
覚にも、とうに慣れたのに、何をいまさら自分に問うのか。
『往生際が悪い』
 自嘲の笑みが浮かべたあと、きゅっと顔を引き締める。
「オレは・・・ムサ(武士)だ」
 そうだ。オレはムサで、チャン・ビンは医員なのだ。チャン・ビンは医員と
して手当てをしただけのこと。手当てを受けなければ、あの方は今も痛みに苦
しんでいたはず。そのことを思えば、仕方のないことだと割り切れるのだが・・・
 割り切れないもやもやとした気持ちに折り合いがつかず、ヨンは深いため息
を漏らす。

<続く>

話に登場するプーアル茶はこれです。

ぎゅっと押し固めることにより、持ち運びがしやすく、茶の熟成がいいとか。
ちなみにこの形状のプーアル茶は私がよく飲む茶色のものではなく、
どちらかといえば日本茶に近い色だとか。

餅茶

コッソリ職場でのアップにつき、これにて御免!

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する