中秋節 月明かりの下で 中篇

ここでは、「中秋節 月明かりの下で 中篇」 に関する記事を紹介しています。
前後篇のはずが・・・後篇はまた後日。

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 王は自分がつぶやいた言葉で、王妃の顔がみるみる強張っていくのを見て慌てた。
「しまった!」。心の中でそう思っても口に出した言葉は取り返しがつかない。王妃は
顔を伏せてしまい、こちらを見てもくれない。
 先ほどから月を眺めていて、それで思い出した事柄と目の前の王妃の姿が結びついて
口から出た言葉だった。王妃は恐ら私の言動を誤解したのだ。無理もない。自分の言葉が
唐突過ぎたことを王は反省する。
『兎のようだと言った理由をどう述べたらよいのか・・・』
 王は少し考えたあと、ありのままを語ることにする。
「このような満月の日に、兎を見ました」
 柔らかい黄色みを帯びた月の光に力をもらい、王が語り始めると、王妃はピクリとする。
顔は上げないが、自分の話に耳を傾けてくれるようだ。月明かりに照らし出された庭に目
をやりながら王は語り始める。

「このような満月の日に、兎を見ました」
 それは元国に来てから二度目に迎えた中秋節の夜のことだった。当時の自分のことを、
人は江陵大君(カンヌンテグン)と呼んでいた。人質として元国に来て一年ほど経ち、言
葉もほぼ理解できるようになっていたが、高麗王室の者だという自負から、決して元国の
言葉を口にしなかった。
 高麗を骨抜きにしようとする元国に媚びへつらうことはしない。ただ、自分が帰国した
際には、元国で知り得た知識を存分に使って高麗を盛り立てていく。そんな気負いで日々
を過ごしていた頃のことだ。
 中秋節の夜。見聞を広めるという大義名分で、街を歩いていた。供をあまりつけていな
いからと気を揉むトチを尻目に、賑わいに惹かれて通りの夜店をあれこれと見ていた中で、
兎を売る店があった。愛玩が目的らしく、籠も細工が入った見目のよいもので、数羽ほど
いる兎は白や茶色の毛並で、どれも手の平に乗るほど小さかった。
 何となく惹かれてその場に佇んでいると、店の主人が草を一本手渡してくれた。それを
白い兎の前に差し出すと、小さな鼻をひくひくさせてから、前歯を使ってもぐもぐと口を
動かし、上手に草を食べた。
『買い求めようか』
 そんな気持ちになって、後ろに控えているトチに声をかけようとしたとき、目の端にふ
と留まるものがあった。
 それは自分と同じ年頃の少女だった。薄紅色の晴れ着から、その少女が身分の高い家の
子であることは一目でわかった。供の者が傍にいないことを不審に思ったが、少女が不安
げにきょろきょろと辺りを見回しているのを見て、はぐれたことがわかる。
 それで、声をかけようとしたそのとき、突然少女が通りの暗がりへと引きずられる様子
が目に飛び込む。何が起こったのかようやく理解して、慌ててそちらに駆けだす。トチが
何か言ったが、振り向きもせず少女が消えた場所へと向かった。その場に近づくと、足音
を殺してゆっくりと歩を進める。暗がりにはカマ(駕籠)が一つ置いてあり、その近くで
男が二人、早口でまくし立てていた。
 「金持ちの家」、「金になる」、声を殺すようにはしていても興奮して、我知らず声が大き
くなる。男たちは先ほどの少女を拐して金を手に入れようとしていた。では、あのカマの
中に先ほどの少女がいるのか・・・
 考えていると、ほどなく男たちがカマの前と後ろに立ち、移動を始めた。自分一人では
どうすることも出来ず、さりとて見過ごすわけにもいかず、そのまま後を追いかける。し
ばらくしてトチが自分を見つけてくれたので、二人でカマを追跡する。
 役人がいたら声をかけて手助けしてもらう、もしくは人の多い場所で声を張り上げて助
けを求めよう。武術を知らぬ己に出来るのはそれぐらいしかない。それで、人の多い通り
に出たときに「おい!」とカマの男たちに声をかけた。
 振り返った男たちは、声をかけてきたのが見知らぬ少年だったので胡乱げな目で見返す。
「カマの中に入っているものを見せろ」
 勇気をふりしぼって、自分なりに凄みを利かせた声を出す。男たちがシラを切るかと思
ったが、後ろにいた男が小心者だったようで、慌ててカマを出そうとする。前にいた男が
その拍子に押し出される格好で前に数歩出た途端、通りがかった別のカマとぶつかった。
 ぶつかられたカマには四人の持ち手がいて、こちらの二人よりも体格が良く、柄が悪か
った。すぐに言い争いに発展し、揉めだしたので「今が好機!」とカマに手を伸ばす。思
った通りカマの中には少女がいて、助け出すとすぐにその場を離れた。
 手を握って「行こう」と高麗語で声をかけた。少女が不安げな面持ちでこちらを見てい
るので、怪しい者ではないと安心させるために笑みを浮かべた。
『大丈夫、私は怪しい者ではない。そなたを助けたいだけだ』
 そんな自分の気持ちが伝わったのか、少女が手を握り返してくれた。

 信じてくれたことが嬉しくて、気持ちが通じたことが嬉しくて、少女の手を握ってそのまま
月明かりの中を駆けだした。

<続く>

ちなみにカマはこんな感じの乗り物です。
画像は王室用のカマ(駕籠)なので、装飾のないバージョンで想像して下さいナ。
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