年表の補足記事1388年

ここでは、「年表の補足記事1388年」 に関する記事を紹介しています。
今回は1388年をクローズアップします。

1388   チェ・ヨンとイ・ソンゲが手を組んでイ・イニムを流刑にする。
   2月、明から北部地域を返還するよう求められる。
3月、チェ・ヨンの庶女(寧妃 崔氏)が禑王に嫁いで妃となる。
   4月、チェ・ヨンは総司令官となって北部地域へと遠征を開始する。
   6/末、鴨緑江(アムノッカン)を挟んで対峙していた高麗軍が副司令官イ・ソンゲの
      命令で王命に背いて開京へと兵を回軍させる。(威化島回軍イファドヘグン)
   7月初、イ・ソンゲたちが開京(ケギョン)を占領し、チェ・ヨンは王を唆した罪で
      京畿道へ流刑される。
      禑王は廃位されて流刑に処され、息子の昌王(当時8才)が王位に就く。
   陰暦12月、チェ・ヨンはケギョンに召還され、後に殺される(享年73才)


1388年初め(恐らくその頃の出来事だと思います)。
ウ王の舅としてのさばり私欲を貪っていたイ・イニム。
チェ・ヨンはイ・ソンゲと手を組んでイ・イニムを追い落として流刑にしました。
これで勢力図は書き換わり、二大勢力はチェ・ヨンとはじめとする貴族たちとイ・ソンゲを
はじめとする新興勢力になりました。

ところで・・・時期は不明なのですが、王はチェ・ヨンの娘(妾が産んだ子供)を妃として
迎えたいと言い出します。
(チェ・ヨンとユ夫人の間に生まれた娘は恐らくこのときにはすでに嫁いでいたのでしょう。
 妃に欲しいというぐらいなので妃になった娘は10代か20代初めごろでしょうか)

この申し出にはチェ・ヨンとの結びつきを強くしたいというウ王の思惑があったのではないかと
いう説があります。
チェ・ヨンは「娘は美しくもないし、庶子(妾の子)だから妃にはふさわしくない」と断ります。
それでも妃に欲しいという王に、どうしてもというなら自分は出家するとまで言って突っぱねた
のですが、部下たちの説得もあってついに承諾しました。
既に何人も妃がいる王のもとへ自分の娘が嫁げばまた国の財政を圧迫することになると思った
のでしょうか。
それとも親として、何人も妃がいるウ王のところに嫁いでも幸せになれないのは目に見えている
ので断ったのでしょうか。

王はもともとチェ・ヨンの実直な人柄を嫌って彼の屋敷を訪れることはなかったそうですが、
妃を迎えることが決まってからはしばしば行幸されたようです。

2月。
明が北部地域(天の門がある地域などの一帯)を返還するよう求めてきました。

中国は元から明へと時代が変わりました。
国の情勢が落ち着くと今度は高麗に貢物を当然のように求め、多少無理をしてでもその要求に
こたえていた高麗ですが、チェ・ヨンが元の時代に奪い返した高麗の土地を
「元のものだった土地は明のものだから返せ」と要求され・・・ウ王は明と全面的に争うことを
決めます。

3月。
チェ・ヨンの庶娘(寧妃)が冊封されて王の妃になります。
寧妃はウ王と父親チェ・ヨンが北部地域へと遠征した際に途中ソギョン(西京:現在のピョンヤン)
まで見送りに出ています。
夫と父を見送る彼女は幸せに満ち溢れていたでしょうが、その幸せもあっという間に終わりを告げる
ことになります。

4月頃。
王はチェ・ヨンを総司令官、イ・ソンゲとチョ・ミンス(조민수曹敏修)を副司令官に任命して
北部への遠征を開始します。
(軍は左軍と右軍の2つで構成されていて、イ・ソンゲとチョ・ミンスが統率しました)
ウ王はチェ・ヨンたちと共にソギョンまで一緒に行くわけですが・・・

王は総司令官であるチェ・ヨンにケギョンに留まるようにと言います。
何万という兵士が遠征に出ているため、手薄になったケギョンを倭寇に襲撃されたらと心配したのか、
この機に乗じて狙われたらと案じたのか、妻の父となったチェ・ヨンを手元に残しておきたかった
ようです。
チェ・ヨンはこの時点で王から絶大な信頼を得ていたということでしょう。

5月24日。
結局総司令官チェ・ヨンは留まって、イ・ソンゲとチョ・ミンスが兵を率いて出発しました。

6月11日。
2軍は鴨緑江(アムノッカン)まで進軍しますが、ちょうど梅雨で川が増水していて渡るのも
困難でした。
何百という兵が川を渡る際に溺れ死んだりしながらも何とか川の中州にあるイファド(威化島)
まで辿りついたのですが、これ以上進軍をするのは無理だと判断したイ・ソンゲは王と総司令官の
チェ・ヨンに4つの撤退理由を書いて手紙を送ります。

・そもそも大国に小国が戦いを挑んでも勝算はない
・農繁期に戦いをしても国に利はない。
・明と戦っている間に南方が手薄になり、倭寇に侵略される。
・梅雨で兵が病気になりやすく、湿気で使い物にならない武器が出てくる。

しかし、王とチェ・ヨンは撤退を許しませんでした。
王はこの機会にイ・ソンゲたち新興勢力の力を弱めておきたいという思惑があったのではないか
という説があります。
遠征でイ・ソンゲの一派が戦死してくれるか、彼の傘下にある兵力が消耗してくれたらという
算段があったようだと。
なので全面的に明と争うのではなく、戦う姿勢があることを見せて交渉をしようとしていたのでは
ないかとも言われています。
チェ・ヨンにもこの思惑があったのかはわかりません。
イ・ソンゲが政敵とはいえ、彼の勢力を弱めるために兵士を犠牲にするかなぁと考えて・・・
きっとチェ・ヨンは純粋に国土を守るために遠征し、撤退することは高麗の土地とそこに暮らす
高麗の人々を捨てることになるから反対したのだと思います。

そして・・・

6月26日。
ついにイ・ソンゲは王命に背いて軍を撤退させ、ケギョンへと引き返し始めました。
この時点でもう一軍の副司令官だったチョ・ミンスもイ・ソンゲに賛同してしまいます。
それだけ兵士たちの士気は下がっていたのかもしれません。
イ・ソンゲは大国である明と戦えば国はもっと消耗してしまう、それなのに戦えと王が命令する
のはきっとチェ・ヨンが唆しているからだと主張しました。
王が悪いのではなく王を唆したチェ・ヨンが悪いと言われれば、兵士たちは別に国を裏切ること
にはならないと気持ちが軽くなったのではないでしょうか。
兵たちはイ・ソンゲを讃える歌を歌いながら進軍したと伝えられています。

王命に背いた時点で遠征軍は反乱軍になりました。
ソギョンで回軍の知らせを受けた王とチェ・ヨンは反撃するために軍勢を集めようとしましたが、
ほとんどの軍勢を遠征へと出していたためにわずか50人ほどの兵しか集められませんでした。

7月4日。
ケギョンに侵入したイ・ソンゲはチェ・ヨンを捕らえて流刑に処し、ウ王はカンファドへと追放
されてしまいます。
そしてまだ幼いウ王の息子が昌王として第33代高麗王になり、イ・ソンゲは摂政政治を行います。

陰暦12月。
チェ・ヨンはケギョンに召還され、処刑されました。(享年73歳)
彼は最後に「自身に私欲があったならば墓に草が生え、潔白であれば草が生えることはない」と
言い残して死を迎えました。
チェ・ヨンのお墓は本当に草が生えなかったそうです。

これがチェ・ヨンのお墓です。
ソウルの少し北に位置した京畿道のコヤン市というところにお墓はあります。
チェヨン将軍のお墓

草は1976年頃から生えたということです。
(確か、チェ・ヨンの子孫が草を植えたという記述があったと思うのですが・・・)
お墓は双墳で上は父親であるチェ・ウォンジク氏が、下にチェ・ヨンと奥様ユ夫人が一緒に眠って
いるそうです。
お墓は夫婦二人っきりじゃないのね~とちょっとだけガッカリ(笑)
でもまあ離れているので・・・二世帯住宅みたいなものでしょうか。

イ・ソンゲの命令でチェ・ヨンの遺体は道に捨てられましたが、彼の最期があまりにも堂々として
いたことに感動した人々は遺体のそばを通り過ぎるさいに敬意を表したということです。

後に、イ・ソンゲはチェ・ヨンを殺したのは本意ではなかったと言って「武慇」という諡号を与えて
いますが、私の個人的な考えとしては、民から誹謗中傷されたくないという回避策だったのでは?
と勘ぐってしまいました。

イ・ソンゲたちはチェ・ヨンになにか汚点となるものでもあればそこを突いて彼を非難したかった
でしょうが、彼は本当に実直な人だったようでいくつか逸話も残っています。

 ・一生を軍門に従事したが、知っている顔は3~4人にすぎなかったと評価するほど軍隊内の
  派閥争いとは距離が遠かった。

 ・贅沢と蓄財に否定的な立場だった。
  キム・ヨン(武人)という人物が処罰されてまもなく彼が生前に持っていた「猫兒眼精珠」
  という宝玉が朝廷に捧げられ、官人たちがこぞって見物に行くのを見たチェ・ヨン。
  「キム・ヨンの大きかった志をこんなもので汚しておいて、何がすごいと鑑賞なさるのか」
  と批判することもした。

 ・「どのようにすれば官人になることができるのか」と尋ねた人に「商工(商売?)を習えばよい」
  と答えたそうです。
  これは当時官職が売買される世相を皮肉って答えたことだったそうです。

 ・当時の高麗の権力者たちはお互いの邸宅に招いて盛大な宴会を開いて珍らしい食べ物で接待して
  贅を尽くしていた。
  ある日チェ・ヨンは宰相を家に招き、昼が過ぎても何の食べ物も出さないままで、日が暮れる
  ころにようやく黍(きび)を混ぜて炊いたご飯にいろいろなナムルだけを添えて持ってきた。
  食事を待ちくたびれてお腹がすいた宰相は文句も言わず残らず食べて、
  「チェ・ヨンの家で食べた食べ物が、今まで食べたどんな山海珍味よりも一番おいしかった」
  と褒めた。
  チェ・ヨンは笑って「これも兵士たちを働かせる一つの方法です」と答えたという。


イ・ソンゲが編纂を命じた「高麗史」においてもチェ・ヨンについては悪く書いたりしていません。
そんなことをする人物でないことは彼に助けられた民や彼の部下だった兵士たちがよく知っている
ことです。
彼を貶めるようなことを書けば正史である「高麗史」に嘘や歪曲した内容が描かれていることに
なり、それを編纂した朝鮮王朝自体が疑われることになるのですから。


ここからは私の妄想なんですが(笑)

彼のお墓には草が生えなかったということですが・・・普通生えますよね?
チェ・ヨンが遺言でそう言い残したのならと彼を慕う人々が夜中にこっそり草を引いていたのでは
ないかと思います。
もしくは彼を慕っていた人たち、或いは彼の子孫が夜中に草引きしてたとか。

ドラマ的な妄想だと・・・

『墓にて』
初老のテマンが彼の墓守をしているイメージが浮かびます。
(住まいもお墓から程近いところに住んでいるという設定です)
その傍らにはトギがいて、二人は夜中にせっせと草引きしているんですが・・・人の気配を感じて
警戒モードのテマン。
やってきたのはチャン・ビン。
彼は医術の見聞を広めるために何年も前に高麗を出ていましたが、風の便りでチェ・ヨンの死を
知って高麗に戻ってきたのです。
久しぶりの再会に顔がほころぶテマンとトギ。
友のお墓詣りを済ませたチャン・ビンは二人に紙を渡します。
その紙には除草剤の作り方が詳しく書いてありました。
チェ・ヨンの遺言を人づてに聞き、人の身体に毒にはならない薬を調合したチャン・ビン。
夏の盛りにはそれを撒くといい、(お墓の下で)眠っている人たちの害になるようなものではない、
でも少し苦いから奥方はしかめっつらになるかも・・・
そう言ってほほ笑むチャンビンとそれにつられて微笑む二人。
「うげぇ苦い」としかめっつらをするウンス、そんな彼女を微笑ましく見守るヨンが思い浮かんだ
三人でした~

『あの場所で』
チェ・ヨンより先にユ夫人は亡くなっています。
ということで妄想は先にあの世に行ったウンスがヨンを待っているという設定で。
(二人とも出会ったころの若いままっていう設定も忘れずに・・・)

天の門の近く、いつかヨンがウンスを待っていた大木のそばで。
ウンスは少し前にもうすぐヨンがここに来ることを知らされていました。
なので出迎えに来たのですが・・・ヨンみたいに座ってじっと待っていたりはしません(笑)
待ちきれなくて迎えに出たものの、いつ来るのかわからないから手持ち無沙汰。
手を後ろに組んで木の周りを何周かしてみたあと、今度はしゃがんで両手で頬杖をついてヨンを
待ちます。
立って周囲をキョロキョロと見渡すものの、それらしい人影も見当たらず。

そうするうちに雨がポツポツと降り始め、天を仰ぐウンス。
「天国にも雨は降るものなの?」
と不思議がる彼女ですが・・・目の端に青い服がチラリと浮かび、そちらを見やるウンス。
そこにいたのは優しく微笑むヨン。
ウンスは胸がいっぱいになって彼の傍まで歩いていきます。
で、ヨンが何か言おうとする前に彼の胸に飛び込み、首にしがみつくウンス。
ヨンは驚きもせず彼女を受け止め、ぎゅっと抱きしめます。
彼女の懐かしい香りが鼻をくすぐって、ヨンの胸もいっぱいに・・・
少しだけ抱擁を解いてお互いの顔を見つめる二人。
ヨンはウンスの頬に触れ・・・ウンスは自分に触れている彼の手の上に自分の手のひらを重ねて
黙って頷きます。
「イムジャ」
万感の想いを込めてヨンがそう呼ぶと、ウンスは感極まって涙がいっぱいの目で「うんうん」と
返事をするのが精一杯。
そんな彼女を今度は優しく抱きしめヨン、再会の喜びに満ち溢れる二人でした~


みなさんの妄想はさていかに?


次の記事で年表はひとまず完成!・・・となるはずです。

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コメント
この記事へのコメント
アンニョン♪

高麗時代の衰退を見ると、やはり他国の歴史でも胸が痛いです。
一つの時代が終わるのはこういう理由だったのか・・・と。

> ヨン将軍のお墓は山道を2時間ほど歩くそうですね。
なかなか遠いですよね(汗)
でもそのほうが静かに眠れるかもしれません。
周りも緑がいっぱいでいい所のようですね。

ユーモンさんのサイトはすごいです。
韓国の歴史について造詣が深いなぁといつも思います。

朱音さんの妄想・・・いいですねぇ(うんうん)
そうですよね二度も毒に侵されたのですから、
わずかに残った毒が、歳月とともに身体にゆっくりと回る・・・
腑に落ちます!

私もやっぱりドラマと現実が一体化。

妾の方についても、これまた都合のいいように
解釈しています。
「彼女はチェ・ヨンの妾だけど、妾じゃない。
 理由があって身重だった彼女を庇護していただけ。
 それもユ夫人にそうしてくれと頼まれたから」

勝手な妄想です(笑)
たぶん現実は違うでしょうが・・・いいんです!
妄想ですから(いつもの言い訳)
2015/04/19(日) 06:36 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015/04/18(土) 23:19 | | #[ 編集]
おはようございます♪

> こんな卑劣なイ・ソンゲに騙され、謀反人のような汚名を着せられたヨンが本当に可哀想で‥(涙)。
政敵だったイ・ソンゲのことを恐らくチェ・ヨンも警戒はしていたと思います。
でも、もう一人の副司令官チョ・ミンスがいるから大丈夫だと思ったのではないでしょうか。
そっちの裏切りのほうがチェ・ヨンにとっては驚いたのかもしれません。

イ・ソンゲとその取り巻きたちはチェ・ヨンが王をそそのかしたのだというシナリオで
いきたかったみたいですが、彼の最期があまりにも堂々としていたのでそれもなんだか怪しいと
かえって大衆はイ・ソンゲのほうを疑ったかもしれませんね。
喪ってからその偉大さが改めて知られたのではないでしょうか。

> で、、ヨンですが。。
> 利用されても、潔く、自身の正義と信念を貫いた最期は本当に立派だったかと(涙)。
> 真実は、自身と周りの人々、民が知っているので、何も恥じることはない、と悟っていて…
> 最期まで、私欲をもたず、真っ直ぐに生きたドラマのヨンに重なりました。
> 本当に、神様のような人柄だったみたいで。
> こういう真実のチェ・ヨン将軍から、ドラマの、私達のヨンが誕生したんですね~…。
> 本当に、素晴らしい人柄だったと感嘆しました。
> 加えて、ドラマのヨンの格好良さで信義ファンは更に感嘆ですが(笑)。
ドラマのチェ・ヨンと実在のチェ・ヨンにギャップがあったらどうしようと不安でしたが
実在のチェ・ヨン将軍はそれを裏切りませんでしたね~ すばらしい方でした。

キム・ジョンハク監督とソン・ジナ女史、そしてイ・ミンホ氏が作り上げたチェ・ヨンと
いうキャラクタの歴史を知ることができて本当によかったです。

> また、おりーぶさんの妄想も楽しく、暗かった気持ちが明るくなりました♪
妄想が駆け巡ってしまいました(笑)

小説のテマンはすごく一途ですが、チェ・ヨンは恐らく後を追うことを赦しはしなかったと
思います。
ま、赦さなくても勝手について行っちゃうのがテマンなんですが、長い人生の中でテマンにも
テジャン以外に大事な存在ができればいいなと妄想していたのでそうなっちゃいました。

> チャンビン先生は結婚してないのかな~?(笑)
私のイメージでは独身です(笑)

> 先に、ウンスが死んでいるんですね‥(涙)。
> ヨン、つらかったでしょうね…。
実在のユ夫人が先に亡くなっているので妄想もその歴史に合わせています。
チェ・ヨン将軍も処刑される際に奥様がご健在であればそのことが心残りになる
でしょうが、先に亡くなっていらっしゃるのでこの世にもう未練はなかったのかも
しれません。

二人で過ごした日々の積み重ねがあるから、別れも身を切られるものではなく、
「先に行って待ってるね」
ぐらいのものであって欲しいと願っていますし、ウンスはそう願ったと思います。
そんな簡単なものではないでしょうが・・・

> まつ的には、九家の書や、宮廷女官ジャクギ(まだ見てないのですが、偶然、最終回だけ見てしまって)のようなラストがあれば、嬉しい感じですが。
> ネタバレになるので、話せませんが、未来がある感じで良かったです!
> ヨンとウンスも、やっぱり現代に行って(若い姿で)、もう一度、平和の中で新しい人生を掴んで欲しいですね~‥。
> あくまでも、まつの願望、妄想です(笑)。
どうも私の場合は今の世の中にヨンやウンスが存在していると妄想しにくいんですよね(汗)
あのウダルチの衣装を愛しすぎているからかもしれません(笑)
どうしてもあの青い服を脱いでほしくない、あの長い髪を無造作に縛っただけのヘアスタイルで
いて欲しいのでそのイメージができないのかも!?

> お墓を見て和んではいけないと思うのですが(笑)、、おりーぶさんがご苦労されて選ばれたせいか、素敵なお墓で(笑)。
> 本当に、空と自然と‥と、静かで優しい佇まないがヨンらしい感じで、お墓というのでなく、、眠ることが好きなヨンが昼寝をしているような感じがしました。
きゃ~♪
ステキなコメントをありがとうございます。
ヨンにとっては絶好のお昼寝スポットですよね~
ウンスを腕枕しながら二人でゴロンとお昼寝してほしいです♪

先ほど最後の年表記事を完成させました。
よかったらまたのぞいてみてくださいナ
イ・ソンゲばっかりでは面白くないので、ヨンの子供たちのその後も書いています。

昨日は雪というかみぞれが降っていて震えあがりました。
春のお彼岸の頃は天気も荒れてお墓参りが結構大変です(笑)

まつさんもご自愛くださいね
2014/03/22(土) 04:56 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/03/21(金) 06:09 | | #[ 編集]
おはようございます。

> チェヨンの最後は、何故かホッと感が私にはあります。70代という当時には高齢であること、戦場で亡くなった事、あくまで王に従った事、かつての同僚に屠られたこと、そして、今に至るまで、誰からも彼自身に対するマイナスエピソードが聞こえないことです。
>
> これを逆に書けば内蔵疾患や外科的怪我で、寝付いた病死で王からの要請に従えず、敵に捕まり⚪️ろされ、云々となる訳で、当時としては、友軍の方が捕まった時の方が扱いは良かったのではないでしょうか。
>
> みんな知ってる中では、例え殺されるにしても胸を張りやすいそれがかつての英雄に対する神の配剤ではないですか?
>
> あの、沢山の人の滅びるすがたを、又身近い人の痛みを知ってる老武人が、いわゆる皆に囲まれた暖かな亡びを望むわけもなく厳しい武人の最後であることにどれだけのこころの平安を感じていたのだろうと。
> それについては、イ ソンゲでさえチェヨンの駒のひとつであったと理解してます。
>
> だって、王になることも、お金も、ユ夫人以外の女も、食べることも、名誉も、関心がなく、ただ自分が清廉であることそしてそのことに対する誇りのみがある老武人ですよ。この世にいる時から第三世界的価値観を持って、潔白のみ主張する人間を、あの時代生かす場はないでしょうね。
>
> 今も有るかなあ?名僧高僧になったかも!
>
> あの世で、ユ夫人に、だから貴方は野暮なのよと
> しかられているかもですね。

最後のコメントには思わず笑ってしまいました。
チェ・ヨン将軍もやはり山の神(奥方)には弱いのですよね(笑)

ma2008さんのおっしゃるように或る意味チェ・ヨンらしい最期だった
のかもしれません。

最初は彼のお墓の画像をウィキから拝借するつもりでしたが、もっとはっきり
写っているものが欲しくてネットをいろいろ検索したらたくさん出てきました。

その中でも空と緑のコントラストがきれいな一枚をサイトからお借りしてきました。

ドラマでチェ・ヨンという人物の存在を初めて知った私にとってはイ・ミンホ氏が
演じるチェ・ヨンがやはりどこか実在のチェ・ヨン将軍とシンクロしてしまいます。
なのでガッカリするようなエピソードがあったらどうしようと思いましたが、幸いにも
妾が一人いたということ以外には失望するようなことがなく、本当に清廉な人だったんだと
改めてその人柄を好きになりました。

まだまだ「信義」から抜け出せないワタシです。
2014/03/20(木) 05:43 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/03/19(水) 10:55 | | #[ 編集]
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