年表の補足記事(1365年)

ここでは、「年表の補足記事(1365年)」 に関する記事を紹介しています。
高麗末期についての記事の続きです。

今回は1365年について書いてます。

1365 3/8 王妃が難産で亡くなる(子供は死産or死亡)
   5月、王は当時僧侶だったシンドン(辛旽)を還俗させて登用する。
    ⇒以後、政については王はシンドンに一任するようになり、シンドンと
     彼に反発する勢力の争いが始まる。
   倭寇が江華島(カンファド)などに侵略し、チェ・ヨンが討伐する。
    ⇒しかしその間にシンドンの企みで左遷される。
   7/25 禑王(ウ王)生まれる。
   バヤンフトの死後奇皇后が正皇后になる[於:元]

1351年に婚姻した恭愍王とノグク公主。
王と王妃は愛し合っていましたが、二人の間に子供は恵まれませんでした。
当然ながら周囲から、ついには王妃からも側室を迎えて欲しいと王に嘆願し、
1359年には第二妃となる惠妃(ヘビ혜비)を迎えます。
(ちなみに恵妃の父はドラマに出ていた学者イ・ジェヒョンです)
自ら王に他の妃を迎えてくれと願い出たものの、やはり恵妃に対する嫉妬は芽生えた
ようで、王妃は食事を摂らなかったりもしたようです。
そんなにまでして迎えた恵妃ですが、やはり王との間に子供は出来ず。

そして・・・婚姻から14年ほど経った1364年、王妃が遂に懐妊。
このときの王の喜ぶ様子が目に浮かびます。
チェ尚宮も喜びながら前の年に亡くなったアン・ドチがいないことを少し寂しく思った
かもしれません。
皆がお祝いムードに酔いしれるなかで、ウンスは一人で不安な気持ちを抱えていたの
でしょうか。
自分が学んだ歴史通りに進んでいくのであればこの先に見えるのは王妃とお腹の子供の死、
そして王妃の死に絶望して心が死んでしまう王。

ウンスは必死で王妃を助けようとしていたのではないかなぁと想像します。
目の前で苦しんでいる患者がいれば助けるのが医者ですから。
だけどウンスが手を尽くしたものの、やはり王妃は亡くなってしまった。

ドラマで王妃が誘拐されたとき、王は絶望の淵に立たされました。
ヨンなそんな王に「(心が折れていないなら)ご命じ下さい」と言い、王はヨンに王妃の
救出を頼みました。
今回は・・・ヨンも助け出せない遠くへと逝ってしまった王妃。
王はもうヨンの声も誰の声も耳に入りません。
王妃を喪い、哀しみの淵に沈んでしまいました。

その後はウンスの周りでいろんな出来事が次々と起こったのではないでしょうか。
王妃と子供の死についての責任をチャン・ビンは取らねばなりません。
王と王妃の侍医であったならばそれは避けられないこと。
もし、ウンスが典醫寺にいて一緒に医療に従事していたならば、今回の王妃の出産の際にも
手伝っていたか、担当していたでしょう。
やはり同じように責任問題が浮上すると思います。
反元政策をとっていた王に対する抵抗勢力は大きく、ここぞとばかりに『高麗一と言われる
侍医だったのに何をしていたのだ』、『医仙という名を持ちながらなぜ王妃とその御子を
助けては頂けなかったのか』と糾弾すると思います。
チャン・ビンはすべての責任を一人で負い、流刑になったのかなぁと勝手に妄想。
ちなみにキョンチャン君の流刑は重いものでしたが、チャン・ビンの場合はそれよりは軽め
の流刑(門の外へ出てもOKとか)だったのではないかと勝手に想像。

チャン・ビンというキャラは一生を宮に捧げるような人物ではなかったような印象を受けて
いるワタシ。
流刑先の土地でも兵士や民を診ながら過ごし、(多分ウンスが差し入れた)大量の書物を読み、
薬草畑を耕してたりして赦される日まで過ごしていたのではないかと。
たまにヨンが訪ねてきて妻ウンスから頼まれた本をチャン・ビンに渡し、二人で薬草畑を
見ながらお茶でも飲んでポツリポツリと会話でもしていたかも。
何年か経ってチャン・ビンは赦され、ヨンに請われて彼に従軍して後方で医療活動を行って
いたのかも・・・と妄想は広がりまくるのです(笑)

話は年表に戻ります。
王妃の死後、王は当時重用していたシンドン(辛旽)に政を一任してしまいます。

僧侶だったシンドンは1358年頃からしばしばケギョンの宮に出入りしていました。
イ・ジェヒョンが辞職して自分が行う政治について意見を求める人物がいなかった王。
仏教を信仰していた王はそのころから聡明なシンドンを重用するようになり、恭愍王は彼を
自身の政治改革の中心人物に据えましたが、生まれの卑しい(母親が奴婢でした)シンドンに
対する抵抗はかなりのものだったようです。
そもそも恭愍王もシンドンも民のための政治改革を目指していたわけですから貴族や自分の
勢力を拡大することしか考えていない人たちにとってはやることなすことが気に入らなくて
難癖をつけたのではないでしょうか。
(シンドンの改革は貴族の所有している土地、奴婢などを大幅に減らすものでした)
「高麗史」などではシンドンは人々を惑わす妖僧だったという表現もあったようですが、
近年になって功績は見直されるようになっているそうです。

王妃が亡くなり、政治への意欲を失った王は僧侶の身分だったシンドンを還俗させて自身の
改革を彼に任せてしまいます。
シンドンはそのころ王に政について意見を求められ、信頼も厚くなっていました。
私利私欲がない、どこの派閥にも属していないというのが王には魅力だったようです。
チェ・ヨンもまた私利私欲はなかったと思いますが、家柄が名門ですから貴族勢力の代表格
ともいえる存在です。
そういうこともあってか、シンドンはチェ・ヨンを慶州へと左遷します。
(慶州は今のプサンの北東に位置した都市?)

私の妄想では、シンドンがウンスにも王妃の死の責任を取らせようとしたのでヨンが彼女を
かばい、それで左遷されたのだという設定になっています(笑)

そして、この年には密かにもう一つ大きな出来事も起こっていました。
恭愍王の息子で高麗第32代の王となる禑王(우왕ウワン)が7/25に生まれたのです。
庶子とはいえ王妃が亡くなった今、世継ぎとなる男の子なのですが、このことは何年かの間
公にはされませんでした。

数年前。
王妃との間に跡継ぎが出来ないという問題が持ち上がったときにシンドンは自身の侍婢(侍女)
だったパニャ(般若반야)を王に差し出しました。
(僧侶なのに身の回りの世話をしていたのは女性だったのかなぁとちょっと不思議)
そして奇しくも王妃と同じ年にパニャも懐妊します。
パニャは身分が低かったからなのか、宮には入らずにシンドンの友人の母の家でお産をした
ようで、その子はそのまま宮の外で育つことになりました。

王の血筋を引く子ですが、もともとパニャはシンドンの侍女でした。
恭愍王はパニャが産んだ子供だと公表すればその子がシンドンの子供ではないのか?と糾弾
されることを憂慮したようです。
自分が政治を任せたシンドンの足を引っ張ることにもなると思ったのか、しばらくはこの
ことを公表しませんでした。

そして後にその子の存在を明らかにするわけですが・・・やはり王が危惧した通りになって、
そのことがイ・ソンゲたち新興勢力の新しい時代を築く口実となります。


ウンスがヨンの元に再び戻ったのは1355年。
彼女が戻ったと聞いて王も王妃も喜んで彼女と再会したでしょう。
王妃の喜ぶ顔を見て嬉しい反面、ウンスはそう遠くない彼女との別れを予感して少しだけ
憂いの表情を浮かべたかもしれません。
それでも今一緒にいる時間を大切にしたいからと笑みを浮かべたと思います。

王妃の死はそれから10年後の出来事でした。


次は王妃が亡くなった後の王を中心に書いていきます。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
> おりーぶさんもともと韓国語出来てたのでは?
いえいえ、韓国語の本が読みたくて、その本を読むために仕方なく
勉強するしかなかったんです。
ネットの自動翻訳機能も今より全然不正確だったし。

機会があれば本屋さんで韓国語のテキストとか見て下さいね。
興味を引けば勉強してもいいし、さほど興味を引かなければ
他のことに時間を費やせばいいのですから。

2014/03/05(水) 20:25 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
先ほどコメント送ってしまったのですが、勉強の事詳しく丁寧にありがとうございます。
おりーぶさんもともと韓国語出来てたのでは?
私は、さっぱりなので、勉強するのに二の足を踏んでますが、きっかけはなんであれ、勉強する事はいいことですよね。テキスト見に行ってみます。
2014/03/03(月) 21:44 | URL | シナモンロール #-[ 編集]
おはようございます。

ふふふ・・・やはり小説とドラマのスパイラルに陥ったみたいですね(笑)

私も韓国ドラマを見るときには字幕が欠かせません。
リスニング能力が全くないからです(笑)
なので私の勉強方法は何のアドバイスにもならないのです。
ただ、書いてあることを読むのは多少できるので、ドラマの場合は台本を訳したり、
小説の場合は韓国で発売されたものを翻訳したりしています。
ただその読む能力の不足で、ネットの自動翻訳が頼りになっています(汗)

韓国語の勉強ですが、一番最初に本屋で悩んだあげくに買った一冊目を繰り返し
勉強していくことが大事なのかと思います。
私が買った本は「兼若博士の読んで、聞いて、話せるハングル CDブック」という
ものですが、買った人のレビューをネットで読むと「初心者には向かない」本だと
いう意見が多かったです。
そんな本を一冊目に選んじゃった私でしたが・・・その後いろいろと韓国語の教材を
買ったものの、最後まで読んだのは1冊目だけでした。
韓国語を勉強するときにはその本がわかり易いのか、わかりにくいのかが判断できません。
なので悩んで選んだ一冊を繰り返し読んで、聞いて勉強することが大事なのかなぁと思います。

> 韓国ドラマ見ていて、歴史を知りたくなったのは、信義が初めてでした。
私もそうです。
今までいくつもの歴史ドラマを見ましたが、知りたい欲求をかきたてられたのは初めてでした。
実在の人物が多いので調べるほど面白いですよ。

吹き替えは情報が多く得られる分、声にギャップがあると違和感を感じてドラマに
集中できないことがあります。
字幕は違和感がない分、情報が若干不足します。
セリフが長くてもいいから全部字幕つけて欲しいです(笑)
2014/03/03(月) 03:27 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/03/02(日) 17:16 | | #[ 編集]
おはようございます。

> 記事を読ませて頂き、せつないの一言です。あの時代にウンスが生きていくのはかなり厳しいと思うのですが、ヨンがいたからなんですよね。
年表作りは私がいろいろ疑問に思ったことを整理するためでした。
あとは「信義」好きな方に当時の歴史を知っておいてもらいたいという気持ちもありました。

歴史を知ればドラマの理解力を深めることができます。
韓国の方は歴史の知識があるので当然彼女が王妃の懐妊を憂慮した理由を理解していますが、
何の知識ももたないままドラマを観ているので疑問と憶測にとらわれて感情移入できません。

ウンスは歴史が苦手と言っていましたがある程度のことは知識として入っていました。
年表を作ったのはその歴史を知っているとウンスがどれほどの決意でヨンの傍に残ったのかという
ことを知って欲しかったのも一つあります。
きっとこの記事を読んだみなさんはウンスをぎゅううっと抱きしめてあげたくなったはず(笑)

小説「信義」読み始められたんですね。
小説を読むとドラマが見たくなり、ドラマを見てまた小説を読み・・・というスパイラルに
皆さん陥るそうです。
もちろん私もそうでした。
寝不足にご注意を♪
(小説は全部読んでないんです。なんせ翻訳記事を書いていたので答え合わせしている気分に
 なり、おっかなくてパラパラとしか読めていません)
2014/03/02(日) 04:41 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
おはようございます。

> まつも、チャンビン先生には王宮は似合わないと思っておりました。
> 人々を癒やし、治していくチャンビン先生の姿がいいですね♪
やっぱりそう思います?
そうですよね~♪
チャン・ビン役のイ・フィリップさんだからそういう印象を受けるんでしょうか?
或いは、小説を読むとキャラの設定背景がしっかりしているからそういう妄想に
つながったのかもしれません。

> また、前回のヨンに続き、少しショックだったのは、コンミン王の側室の数々で(笑)。
婚姻から8年経って第二妃を持ったということはかなり王も頑張ったのかと思います。
周囲から世継ぎのことを言われるようになるのは多分婚姻から2年ほど経ったぐらいで、
それが問題になるのは婚姻から5年ほど経った頃ではないかと思います。
(この計算は経験によるものです。私も結婚して10年以上経ってから子供を産んだので。
 王という立場であればもっと早くから問題視されていたかも)
周囲からなんといわれようと王妃だけだと踏ん張ったと思います。
王妃もそんな王に有難いと同時に申し訳ないと思ったでしょう。
結局は周囲に責め立てられる王を守るかたちで王妃は他に妃を設けて欲しいと言います。
王もまた懐妊できないことを責められる王妃を守りたかったと思います。
そんな風に迎えた第二妃だったのに子供は出来ませんでした。

> 同じ時期に身ごもったという、シンドンの侍女は、何となく…腑に落ちませんが..。
シンドンという人物については私もちゃんと調べたわけではないのですが、民のために
政治を行おうとしていたようです。
イ・ソンゲはこのシンドンが政敵の一人だったので朝鮮時代を築いてからはシンドンを
こっぴどく書いています。
ちなみに王の母(大妃)もシンドンが大嫌いだったようで、彼とタッグをくんで政治改革
を行おうとしていた息子とケンカ状態だったとか。

歴史のちょこっとした話とかけっこう面白くて記事がどんどん広がっていきます。
とりあえず朝鮮時代が興るまでを書いていくのですが・・・あと3回ぐらいかな??
いやもう少し長くなりそうかも・・・

次は王妃が亡くなったあとの王のダメダメっぷりが炸裂です。
お楽しみに~(楽しい内容ではないですが)
2014/03/01(土) 05:27 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/02/28(金) 23:35 | | #[ 編集]
おはようございます。

王妃が誘拐されたとき、チェ尚宮から王妃が妊娠していると聞いてウンスは「ダメなのに」と
思わずつぶやきました。
ウンスが知っている歴史では王妃には子供がいないこと、難産で死んだことが思い浮かんだのです。
その後王の心が死んでしまい、やがて高麗王朝が終わることを知っていました。

ヨンの傍にいることは同時に高麗の滅亡を見てしまうことになります。
自分が愛する人々がこの先不幸になるのをもしかしたら見ているしかないのかもしれない。
それでもやっぱりあの人の傍にいたい、あの人の笑顔を見ながら一緒に生きて行きたいという気持ちで
高麗に残りました。
彼女の覚悟がどれだけのものだったのかと思うと余計にウンスが愛おしいです。

想像というか妄想ですね(笑)
残念ながら私の妄想も今回の記事で終わりです。
この先は妄想をかきたてるような出来事がないんですよね~
でも興味深い内容だとは思います。
よかったらおつきあいくださいね♪

2014/02/28(金) 05:48 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
おはようございます。
コメントありがとうございます♪

実は私も視聴率を考えては同じ理由で思考が停止するのです(笑)
きっと年表の記事の最後のほうには公然と叫んでいるかもしれません。
叫ばないかもしれませんが、ブツブツと文句を書き連ねていると思います。

韓国ドラマでよく見かけるのはテーブルに水差しが置いてあって、お水を飲む
シーンが多かったように思います。
なのでお茶よりはお水のほうが日々の生活の中ではなじみがあるのかなぁと
いうのが印象です。

ブログのタイトル通りで私はまだ韓国に行ったことがないのですが、いろんな方のブログや
本を見るとケンカのシーンを目にしたことを書いていらっしゃる方が多かったです。
髪を引っ張りあってケンカするのはドラマの演出ではなく本当のことなんだとつづっている
人もいたりして・・・
きっとケンカというか人と人とのぶつかり合いは日常のことで、大きな声で言い争って
お互いに思っていることを全部言い合って、そうやって相手が思っていることを知って初めて
理解しあうのだと思います。
お国柄とはいえ情熱的だなぁと感じます。
それだけ人と人の距離が近いのだとも感じます。

私は・・・もう少し距離があったほうが好きかな(笑)

2014/02/27(木) 05:46 | URL | おりーぶ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/02/27(木) 05:16 | | #[ 編集]
おりーぶさん、おはようございます。

拝読して、すごく切なくなりました。
うわーって声を上げたい気分です。
幸福なときには終わりが来るものなのでしょうか。狂っていく歯車、でもそのなかで懸命になすべきことをするみんな、というのが想像できました。
おりーぶさんの想像にいろいろかきたてられるものがあり、すごく切ないのですが、とても楽しいです。
2014/02/27(木) 03:51 | URL | りえ #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/02/26(水) 20:50 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する