二次_紅楼夢番外

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朝の空は晴れ渡っていた。

市が立ち並ぶケギョンの主な通りは、我先にと良い品、安い品を買い求めにきた客で溢れ
返っている。広い通りはまだましなほうで狭い通りとなると、行き交う人々が肩をぶつけて
通らなければならないほどのにぎわいだ。
そんな狭い通りを、背の高い男が歩いていた。髷は結わずに後ろで一つに束ねており、
口元と顎には無精ひげが生えている。身なりは小ざっぱりしているものの、くたびれた感じ
は否めない。男は、腕を組んでゆっくりと歩きながら、時折思い出したように屋台のほうに
目を向けるが、これといって興味を引くものはなさそうに、そのまま通り過ぎていく。
通りの活気と明らかに異なる男の歩みは、ともすれば忙しない人々の迷惑になりそうなもの
だが、誰も気に留めてなどいない。男は前を通り過ぎる者の、或いは後ろから追い越す者の
気配と動きを読み、巧く躱しながら歩いていた。躱し方も、そうとわからぬ素振りで避けている
せいで、至極当たり前に人波に溶け込んでいた。
と、粗末な身なりをした子供が一人、脇の路地から出てくると、男の前をさっと横切ってその
まま真っ直ぐ反対の路地へと入っていった。七つにはまだ届いていないだろうその子もまた、
男よりは拙いながらも人の波をうまくすり抜けていた。
男はスッと身体の向きを変えると、子供の後を追って路地へと入る。子供は背後を気にする
ことなく、入り組んだ細い路地を右へ左へと折れ曲がりながら、すたすたと歩き続ける。
やがて、一軒の家の門前で子供が立ち止まった。けれど、直ぐにまた歩き出すと、その家の
すぐ脇の小路へと入っていく。男はそれまでのように子供の後を追わず、そのまま家の門を
くぐった。
「オラビ(오라비:兄さん)、久しぶり」
家の庭先で待ち構えていた若い女が男に声を掛けた。
「新しい根城なのか?」
「どう?悪くないでしょ?」
家とその周りをぐるりと眺めたあと、男は黙って頷く。閑静過ぎず、喧噪もほどほどに聞こえて
くる。悪くなかった。
「あいつは?」
男は若い女に向き直ると尋ねる。
「もう戻ってくると思う。先に何か腹に入れておきなよ。何にも食べてないんだろ?」
「ああ」
そこへ、先ほどの子供が庭先に姿を現した。
「コサ、ご苦労さん。あっちに虫養いの餅があるから、食べて帰りな」
女が声をかけると、コサと呼ばれた子供は緊張していた表情を緩め、軽く頭を下げると
建屋の陰に消えていった。
「オラビが通りを歩いてるって聞いて、あの子に呼びに行かせたんだ」
男は一度出かけると、しばらくの間戻ってくることはない。屋敷はあるが、そこで男が過ごす
のは一年の内でふた月もあればいい方だった。
男は、ケギョンに戻ってくると、のんびりと市場を歩くことにしている。報せることがあれば、
その際に向こうから何かしらの合図がある。逆に、男のほうに会う用向きが出来た場合には、
予めもらっている印を薬売りの前を通る際にちらつかせることにしている。
それが男と手裏房(スリバン)が会う際の約束事だった。
マンボとその妹コンジャが束ねるスリバンは、同じ所に留まることをしない。ケギョンの街を
転々と根城を変えて暮らしている。先ほど、コサは男の前を横切った際に他の者には見えぬ
よう、男にだけスリバンの印を見せた。それで男はここまでやってきたのだ。
男は、覚えのある気配に後ろを振り向く。ほどなく、がっしりした肉付きのいい男が、門をくぐって
入ってきた。
「サヒョン!」
「マンボ。元気そうだな」
血色のいい、というよりも少し酒焼けしている弟分に男が笑顔を向ける。
「ヒョンも元気そうでなによりだ」
マンボは、嬉しそうに男の身体を触りながら、どこか悪いところはないかとざっと確かめる。
「サヒョン、痩せたか?」
「少しな。それよりも、何かあったのか?」
我に返ったマンボが、急に慌てた顔つきになる。
「あのよぉ、サヒョン。もっと早く知らせたかったんだが・・・サヒョンのホンサム(紅参)が、今
ケギョンにいるんだ」

<つづく>
週二更新を目指して四苦八苦。
昨日アップするつもりが、内容を見直していたら今日のこんな時間(-_-;)

日々更新されている方の爪の垢を煎じて飲んだら、週三回ぐらいは更新できるかしらん。
(こんな要らぬことを考えてまた時間が過ぎていく・・・)

マンボ妹のコンジャという名前は「孔雀:コンジャク:공작」からつけました。
コサは、ドラマでいうところの「白い人」ですが、名前は台本にあっただけでドラマの中では
名前で呼ばれていなかったと思います。⇒記憶が曖昧です。違っていたら教えて下さいませ。
マンボ妹も白い人も、二次を書かれる方が各々の呼び方や名前をつけてあげればよいのだと
思い、名前をつけてみました。

人の波をうまくすり抜ける。
そんな練習をするボクシングの漫画を読んだことがあります。(タイトルとか忘れた)
それでちょっと書いてみました。

≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。

★マンボ
 表向きは「マンボの薬売り」。裏の顔は、ケギョンの情報を掌握しているという
 噂の手裏房(スリバン)の頭目。

★コンジャ(→名前は私が勝手につけています)
 マンボの妹。
 兄の右腕としてスリバンを支える。

★コサ(白い人)→名前だけは台本に載っていた。
 スリバンの一味。
 幼少の頃からスリバンに属していた(という私が考えた設定)
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陽も中天を過ぎ、カンファドの波止場は賑わいの中にも落ち着きを見せていた。
陽が昇る前から働いていた水夫(かこ)たちが一休みする頃合いで、男たちの腹を
満たす飯屋の女たちは先ほどまでくるくると忙しく立ち働いていた。
それが一段落すると、給仕の女たちは片づけがてらの噂話に興じる。
「宿屋のタンジの娘さん、離縁されたんだって?」
「そうらしいよ」
「その子、この間旦那が死んだんだろ?まだ若いのに、気の毒な話だよ」
「だけどさ、あの問屋には、旦那の弟がいたはずだろ?弟は兄嫁をもらわないのかい?」
婚姻で一度結ばれた家同士の絆は、簡単に断ち切るべきではない。そんな考えから、
妻が早逝した場合は夫が妻の姉妹を娶り、夫が早逝した場合は夫の兄弟が兄弟の嫁を
娶って、結びつきを維持していく。それは遺された者へ、救いの手を差し伸べるという
ことも担っていたはず。
すると、問屋の近所に住んでいる女が、待ってましたと言わんばかりに「それがだよ」と
他の女たちの注意を引く。
「どうやら曰くつきの娘で、それで離縁されたらしいんだよ。あそこの大奥さんが、
『嫁のせいで息子が死んだ』って言いだしてさ」
「それ、どういうことだい?」
通りいっぺんの噂話ではなくなった。洗いものの手を止めて、皆は話に聞き入る。
「あそこの息子、雷が落ちて死んだだろ?そんな死にざまをしたのは、何か因縁か
祟りがあったんじゃないかって、大奥さんが卦の有名な先生にみてもらったらしいんだよ。
そしたらなんと」
「なんと?」
そこでようやく声を潜める。
「いや、詳しくは知らないんだけどね。嫁にもらっちゃいけない娘だったらしいんだ。
そのせいで旦那が死んだんだって話だよ」
「ええっ!?」
「嫁の報いを旦那が受けたってことかい?死んだほうはたまったもんじゃないねぇ」
自分に置き換えて考えてから身震いする。旦那のせいで自分が死ぬなんて
まっぴらごめんだ。
「とにかくさ、もうカンファドでは嫁に行けないんじゃないかねえ。曰くつきの女に
なっちまったからね。この先はないね」
「タンジの宿屋があるじゃないか。あれ全部自分のものになるんなら、婿に入りたい奴は
いるんじゃないかい?あの子、まだ若いだろ?」
「いくら若くったって、財が入るからって、代わりに命取られるんだよ。うちの息子が
一緒になりたいって言ったって絶対に承知しないね」
要らぬ心配をして身をよじる女に、『それは向こうが断るだろう。』と、他の女たちが
呆れた目をする。
「じゃあ、もしもあの子が婿をもらったら、そいつは心底惚れて死んでもいいから
一緒になりたいって思ったか、欲に目が眩んだかのどっちかだね」
「あははは。そりゃ、そうなるね」
「違いない」
「まあ、どっちでもいいさ。あたしたちには関係ない」
「それもそうだ。さあ、片づけよう」
ひとしきり話し終わって気が済んだのか、女たちはそれから無言で手を動かした。

<つづく>
私が書く話は、どうも「起承転結」の「起」が長すぎる気がします。
「これぐらいかな?」と思って話の風呂敷を広げるのですが、サイズ感覚が未だにわからず(^_^;)
風呂敷(話の展開)が大きくなりすぎて、畳み方がわからなくなる前になんとかしたい。
「麗」や「ジャクギ」で学んだ「歩歩驚心」という言葉。
意味は、<一歩一歩慎重に>というものらしい。
私の心境は今まさにそんな感じ。
それとも、「策士、策に溺れる」かしらん。(自分が設定した内容に溺れるワタシ)

遊牧民族は、婚姻によって出来た資産が減ることを防ぐために、ソロレート婚やレビラト婚の
習慣があったそうです。
朝鮮時代に入ると儒教の影響でこのような習慣は悪しきものとされて禁止されたでしょうが、
高麗時代は末期とはいえ、民間ではそういう習慣がまだ残っていたのかなぁという設定で
つけてみました。

ソロレート婚:妻が死んだ後、夫が妻の姉妹と結婚する習慣
レビラト婚:寡婦が死亡した夫の兄弟と結婚する習慣

 ※私が愛読している「乙嫁語り」というマンガにはどちらの習慣も出てきます。
  (地中海寄りの、ロシアに支配される前の中央アジアが舞台のマンガ)

あ、私信をひとつ。
 K様、私はあのマダムのことを「コンジャ」と名付けようと思います♪
 孔雀のコンジャッから思いつきました。
 だけど羽根が派手なのは雄なんですよね。まあいいか(笑)
 スリバンの人たちって、通り名の設定なのかなと思いました。
 なので、コンジャも通り名ってことで。(本名は多分べつにある・・・はずな設定)


≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。
タンジとミヨン。
二人には長らく子が出来なかった。

タンジは、「子はそのうちできるものだ」と楽天的に構えていたのだが、
ミヨンのほうは切実だった。子が出来ないことで悩むあまり、塞ぎがちに
なることもしばしばだった。
そんな折、ケギョンに住むミヨンの従兄弟から「母が会いたがっている」と、
文が届いた。叔母には息子しかおらず、姪のミヨンを殊の外可愛がってくれて
いたが、タンジと一緒になってカンファドに移り住んでからは縁遠くなっていた。
少し前に、季節の変わり目で体調を崩したことがあり、今はよくなっているのだが、
気弱になっているという。
夫婦そろって早速会いに出かけると、叔母は大層喜んでくれた。従兄弟の厚意に
甘えて数日滞在したあと、朝早くに叔母の家から出立した。
歩き出して間もなく、近くに寺があることに気づいたミヨンが、折角だから無事に
帰路に着けるようにお詣りしようと夫を誘うと、タンジは二つ返事で頷いた。
松の木が立ち並ぶ参道を歩いていき、寺の門をくぐったそのとき、ミヨンがはたと止まった。
「ねえ、何か聞こえなかった?」
問われてタンジが歩みを止める。何も聞こえない。頭を振ろうとしたそのとき、鳴き声が
聞こえた。しばらく顔を見合わせる。
「猫・・・だよな?」
赤ん坊の声に似た鳴き声に、タンジは妻に問うた。辺りを見回したが、人の気配はない。
「ねえ、あそこ・・・」
やがてミヨンが気づいて指し示す。門をくぐった際には気づかなかったが、柱の陰に籠が
一つ置かれており、その中から声がしていた。
覗き込んだ二人は声を失う。
籠の中には、白い布でくるまれた赤ん坊がいた。
『・・・なんて小さい』
ミヨンは何も考えずに膝をつくと、か細い声で泣く赤ん坊をおずおずと抱き上げて胸に抱いた。
「お、おい。捨て子なのか?」
タンジの慌てた声は、ミヨンの耳には入っていない。
『・・・軽い』
赤ん坊を抱くのは初めてではないが、この子はとても軽かった。生まれたばかりの子、或いは
月足らずで生まれてきたのかもしれない。
「あなた、お坊様に早く知らせてきて」
とにかく誰かに知らせないと。泣き声の弱さに不安を覚え、自分の声が上擦っていることにも
ミヨンは気づかない。
「待ってろ!」
答えるなり、タンジが本堂へ駆けていく。
その場に残されたミヨンは、赤ん坊をあやすようにそっと揺すぶってみる。けれども、一向に
泣き止む様子はなかった。夫がいなくなり、何だか心細くなってしまったミヨンは辺りを見回す。
誰かに見られているような気がして、きょろきょろと視線を巡らせる。
カサリ。
胸元で音がした。ミヨンは慎重な手つきで赤ん坊のおくるみに手を入れてみる。すると、二つ折り
にされた小さな紙があった。片手で紙を開くと、「雪松」という文字が目に入った。女性の筆による
字のようだが、それ以外は何も書いていない。
「ソル(雪)・・・ソン(松)」
呟いてから気づく。赤ん坊はいつの間にか泣きやんでいた。
「赤ちゃん。貴女はソルソンっていう名前なの?」
「ソルソン」
ミヨンが優しくその名を呼ぶと、応えるように赤ん坊が拳を振り回した。
「さあ、行きましょう」
ソルソンの愛らしい様子にいくらか落ち着きを取り戻したミヨンは、タンジが
駆けていったほうへとソルソンを抱いて歩き出した。

その日から、ソルソンはタンジとミヨンの子になった。

<つづく>


≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。
目を覚ますと見慣れた景色が目に飛び込む。自室の寝台にいるのだとソルソンは
わかった。視線を巡らせると、心配そうな表情でこちらを覗き込む母の姿が視界に入った。
何か言おうとして、頭の痛みに気づく。どうして痛むのか・・・
『ああ、そうだ』
気を失って倒れたときに、恐らく頭を打ちつけたのだろう。
思い至ったと同時に、ソルソンは布団の縁をぎゅっと掴んだ。寝台に横たわっているのに、
身体は寒さで震えていた。暗くて深い淵にズルズルと引きずりこまれていく。
そんな感覚に囚われる。
「助けて」と声をあげようとしても、寒さで声が出ない。
と、布団を握りしめている手の上から、母がそっと手を重ねてくれた。
「・・・かあさま」
子供の頃、怖い夢を見たときのように母を呼んでみた。すると、母は、
「ソルソン。私の娘」
と、優しい声で名を呼んでくれた。母がもう片方の手で何度も髪を撫でてくれる。
その手から温もりが伝わり、次第に身体の感覚が戻ってくる。布団に包まれている
身体が、じんわりと温かい。
ソルソンは布団の縁から手を離すと、両手で母の手をぎゅっと掴んだ。

<つづく>
今回はちょっと短めになりました (^_^;)
続きを書いてきまーす。

≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。
秋の実りに湧いた人々の熱気も冷めて、そろそろ冬の支度に取りかかろうとした頃に、
それは起こった。
サンホが不慮の死を遂げたのだ。

その日、サンホは高麗山の麓に広がるホンサムの畑へ朝早くから出かけていた。ホン
サムの収穫が始まり、今年の出来を仕入れ先まで出向いて確かめるためだった。
頭上には雲が広がりつつあったものの、雨が降り出す気配はなく、所々に青天も見えていた。
それなのに、雷鳴が遠くで聞こえたかと思うと、突然どーんという大きな音がしてすぐ
近くで稲妻が走り、音がしたほうを見ると丘の上の木から煙が上がっていた。あっという
間の出来事だったと、居合わせた者たちは口々にそう語った。
雷が落ちたとき、サンホは畑の様子がよく見える小高い丘の木の傍に立っており、雷は
何の前触れもなくその木に落ちた。
一報がク家にもたらされたとき、ソルソンを始め、ク家の人々は皆その話を信じなかった。
家の前に広がる空はどこまでも青く澄みきっており、雷が落ちてサンホが死んだという
その報せは、荒唐無稽な話としか思えなかった。
けれど、その日サンホは戻って来なかった。
「行ってくるよ」
笑顔を浮かべ、自分の足で出かけって行ったサンホは、翌日の朝変わり果てた姿で
荷車に横たえられて帰宅した。

ソルソンは夫の突然の死に、毎日泣き暮らした。感情が昂ぶって眠ることなく、食べ物も
ろくに喉を通らない日々が続いた。
「このままではソルソンも・・・」
心配した周囲は、ソルソンをひとまず実家で静養させることにした。

ミヨンは、娘ソルソンの傍を離れなかった。娘は亡くなった婿の後を追って行きそうで
目を離せなかった。娘を叱咤し、慰め、共に泣き、見守った。
タンジは、妻と娘を見守ることしかできなかった。ソルソンが少しでも食事を摂れば、
大仰に褒めた。食べてくれることが、ただただ嬉しかった。
両親の慈しみの中で、ソルソンはサンホを喪った哀しみをゆっくりと癒していった。

サンホの死から間もなく二か月が経とうとした或る日、サンホの母が突然ソルソンの
実家を訪ねてきた。巫女らしき身なりの中年の女性を伴ったその様子に、ただならぬ
ものを感じ取ったソルソンの両親は、先ずは娘を呼ばずに二人で対応することにした。
サンホの母は部屋に通されるなり、興奮して立ち上がると、
「あんたたちのせいで息子のサンホは死んだのよっ!」
と、タンジとミヨンを指差して言い放った。
「落ち着いて下さい。一体全体どういうことですか?」
出し抜けにそんなことを言われても当惑するばかりだった。
それよりも二人は、サンホの母の態度の変貌ぶりに仰天していた。息子の突然の死に、
ソルソンと同じように魂が抜けたようだった様子から一転して、血走った目でギョロリと
睨むその様は、何かに憑りつかれているようにも見えた。
「あんたたちの娘よ!」
宥めようとする態度が、サンホの母には気に障ったようで余計に興奮し始めた。
「あの子、貰い子なんでしょ!?どうして黙ってたのよっ!」
ギョッとして絶句する夫婦の顔色を見て、サンホの母は胸がスッとしたのか、勝ち誇った
ような笑みを浮かべてみせた。
「やっぱり。そうだったのね」
「な、何をいきなり・・・」
「こちらの先生に、サンホとソルソンの相性を見て頂いのよ。うちのサンホがあんな風に
命を落とすなんて、絶対におかしいと思ったのよ。ねえ、先生」
水をむけられた「先生」と呼ばれる中年女が、鋭い目つきでソルソンの両親を見つめる。
「こちらの子息は、貰い子を娶ったことで災厄を招いた。故に天罰が下り、雷に打たれて
命を落としたのだ」
女と対峙したタンジは震えた。まるで心の中までも見通すような目つきに身体が凍りついた。
ミヨンもそれは同じだったが、娘のために動揺を素早く押し隠して虚勢を張った。
「変な言いがかりは止して下さい。あの子は正真正銘私たちの子です」
胸をグッと突き出してミヨンは断言する。
『そうだ。あの子は私たちが育てた娘だ。誰が何と言おうと私たちの娘なのだ』
「貴女、ケギョンであの子を産んだそうじゃない。出産して半年ほどしてからカンファドに
戻ってきたんですって?」
「・・・どこでそれを?」
身の周りを調べられていることを知って、探るような質問を返す。
『この人たち、どこまで知っているのか』
「あの娘は、貴人の相だ。それもかなり高い身分・・・恐らくは王族に連なる者。そして、
その娘は、婚姻を結ぶことが許されない宿命に生まれている。それなのに、婚姻を結ん
だ故、子息は命を落とした」
「やめて!!」
たまらず、ミヨンが大声を張り上げた。すると、どさっと何か鈍い音がした。戸口を見ると、
少しだけ扉が開いていて、そこにソルソンがへたり込んでいた。
「ソ、ソルソン、あなたどうしてここに?」
「お義母様の声が聞こえたような気がして・・・」
慌てる母の声に、ソルソンは呟くように答える。

あとのことはよく憶えていない。
上体が傾いで、目の前は真っ暗になった。
それなのにどうしてか、「先生」という女性の声だけが続けた言葉だけが、明瞭に聞こえた。
「お前・・・・・・・生まれた。故に、死・・・・・・・てはならぬ」

<続く>

途中まで書いていた内容を全部消してやり直しました。
姑にいびられる設定でしたが・・・なんか筆が進まず(-_-;)

≪このお話の主な登場人物≫
 ★マークは「信義」のドラマか小説に登場していたキャラ
 〇マークは私が設定したキャラ

○ソルソン(雪松)
「紅楼夢」では、妓楼ソガン亭の主メヒャン(梅香)として登場。
 カンファドの宿屋を営む夫婦の一人娘。
 八歳でサンホと婚姻した。

○サンホ
 ホンサム(紅参:高麗人参)を取り扱う問屋の長男。
 十二歳でソルソンを娶る。

○ミヨン
 ソルソンの母。

○タンジ
 ソルソンの父。
 カンファドで宿屋をいくつか営んでいる。