二次_ムカデにまつわるエトセトラ

ここでは、「二次_ムカデにまつわるエトセトラ」 に関する記事を紹介しています。
お知らせ

   
   慈雨 ~ほぼ信義~ アメブロにて二次小説の記事を更新中です。  
 
   〇信義関連のインデックス一覧
      二次小説
      ドラマあらすじ
      登場人物一覧(作成中) 
      高麗末期の年表 
      50問50答  限定公開(パスワードが必要です)
      小説の翻訳記事 限定公開(パスワードが必要です)
      台本の翻訳記事 限定公開(パスワードが必要です)
            
【初めてのご訪問の方へ】
   一部の記事は、限定公開となっています。(パスワード認証が必要)
   パスワードをご希望の方は、お手数ですがパスワード希望のコメントをお送り願います
   コメントを入れる記事はこちらです(申請方法の記事にジャンプします)
     ↓
   こちら  この記事の右下にある「コメント」をクリックして申請願います
 
  


 生きたムカデで、蜈蚣油を作る。ムカデと言えば、干した状態でしか見たこ
とがない者も多い薬員たちにとって、生きたムカデで漢方を作ることは、探求
の糧になるとチャン・ビンは考えた。
「これが、そのムカデで作った漢方薬、蜈蚣(ごしょう)油です」
 そう言って、チャン・ビンが持って来た木の盆ごとヨンの手元に差し出す。
ヨンは、丸みを帯びたその小さな青磁の壺を手にとると、鼻を近づけて匂いを
嗅いでみる。鼻腔から伝わってくるのは、油の材料である胡麻の香りのみで、
それ以外にはこれといった匂いを嗅ぎ取ることができない。
 次にヨンは壺の中を覗く。壺の首は短く、口は広めで水面がよく見えた。ヨ
ンは、片手で卓の上の秉燭(ひょうそく)を持ち上げて水面を照らしてみる。
夜の灯りのもと、油の濁りで克明には見えないが、油にたゆたうムカデの姿を
認めることはできた。目の前の蜈蚣油を束の間眺めてからヨンが口を開く。
「オレが知っているものとは別物のようだが」
 ヨンが知る蜈蚣油は、かなり強い臭いを放つものだった。色もまた異なって
いた。チョグォルテの、或いはウダルチの隊員らが使っていたものは、どす黒
い色をしていた。
 ヨンの問いに、チャン・ビンが頷く。
「それは今朝漬けたばかりだからでしょう。その壺は太白油(焙煎していない
ゴマ油)を使った蜈蚣油です。この後風当りがよく、日の当たらない場所に置
いて、封をしてしばらく寝かせます。やがて、ムカデが油に溶けてなくなる頃、
油は濁った色に変わり、特有の臭いを放つようになります。そうして初めて蜈
蚣油の出来上がりとなります」
 話しているチャン・ビンの隣で、ウンスが顔をしかめてイヤそうな表情を浮
かべる。チャン・ビンは横目でその様子をチラリと見てから、話を続ける。
「当初ムカデは十匹おりましたが、共喰いなどで残ったのは六匹。それを太白
油と菜種の油の中に三匹ずつ投じました。油の種類によって効能が違ってくる
のか。それも確かめたかったのですが・・・」

 チョナからムカデを戻されたのが三日前のこと。チャン・ビンは若い薬員の
二人に蜈蚣油を作る作業を任じた。トギから手順について手ほどきを受けた二
人は、今朝作業場でその蜈蚣油を作ったという。
 二人は手順通りに作業を行った。ムカデを素焼きの深い皿に全て移して、長
い箸で慎重にムカデを一匹ずつ長い箸で摘み上げて、油の入った壺に入れる。
ムカデは傷をつけずに、生きたまま油に漬けなければいけない。油に漬けられ
たムカデが、苦悶して毒を吐き出す。その毒が干したムカデよりも、効能が高
いとされている所以だ。そうして、予め用意しておいた二つの壺に三匹ずつ、
順番に入れていた。
 ところが、ここで事件が起きる。薬員たちが慎重に壺の油にムカデを入れて
いる間に、最後の一匹が深い皿から這い出て逃げたのだ。ムカデがいないこと
に気づいて、二人がかりで逃げたムカデを捕らえにかかった。幸いにもムカデ
は作業していた台の上で見つけ、それを壺に入れ、油紙で壺の口を閉じたという。

「え?でも、それじゃ・・・」
 ウンスがすかさず疑問の声を上げる。
「壺から逃げたか」
 ヨンがつぶやくように口を開いた。チャン・ビンが驚くこともなく頷く。テ
ジャンなら察すると思っていた。そんな表情だった。
「でも、壺の中にムカデを三匹ずつ入れたのよね?」
「この壺の中には、ムカデは二匹しかおりません」
 ヨンが静かに答える。先ほど壺を覗いたとき、油の中には二匹しか見当たら
なかった。チャン・ビンの話によれば、壺に三匹ずつ入っていることになるが、
一匹足りないことになる。
「逃げたのであれば、薬員たちは見つかるまで探したはずです。探さなかった
のは、壺の中にいるはずだと思い込んでいたからです。ムカデは多足ゆえに這
うことを得意としています。恐らく、二人が逃げたムカデに気を取られている
間に壺の口から這い出て逃げたのでしょう」
「オモオモ・・・」
 ウンスはただ呆気にとられていた。チャン・ビンが言い添える。
「医仙がムカデに咬まれたと聞いて、もしやと思い、壺の中を改めました。や
はり、片方の壺にはムカデが二匹しかおりませんでした。確認を怠ったため、
その後作業台を使っていた医仙が、そこに隠れていたムカデに咬まれたのです。
申し訳ありませんでした。典醫寺の責任者としてお詫びいたします」
 そう言って、チャン・ビンは頭を下げた。

<つづく>

え!そんなのあり!?な話はこの後も続きます(ごめんなさーい)
スポンサーサイト
前回の終わり部分を少し修正しています。
(うまく書き継げなかったので変えました)

「チョナ、ワンビママ、そしてイムジャがケギョンに到着される前日、ソネジ
ョン(宣恵亭)で火事がありました」
 ヨンの静かな口調と固い表情に、ウンスはゴクリと唾を飲む。
//////////////////////
「その火事で、二十四名が焼死しました。重臣、学者、貴族。亡くなった者た
ちの身分や職はさまざまでしたが、皆、徳城府院君キ・チョルと対抗して、新
しい王を支えようとしていた人々でした。彼らは、出入り口を塞がれた状態で、
外から火を放たれて焼け死にました」
 チョナをお迎えして高麗を再興させるのだと、意気揚々と語っていた方々は、
生きながら焼かれ、慶昌君を擁立しようとした謀反の輩という汚名をその骸に
着せられた。徳城府院君キ・チョルに異を唱えれば、命の危機を呼ぶことは承
知していたが、よもや自分たちが謀反の罪を被るなどとは夢にも思わなかった
だろう。
「誰が、何のためにやったのかを調べるようにとチョナから仰せつかりました。
焼け跡を調べ、床石の下から端が焼け落ちた一枚の紙を発見しました。その紙
に記されていた内容については、今は申しませんが、吐いたと思しき血も付い
ておりました」
 ヨンが話し終えるのをまって、ウンスがすぐさま疑問の声を上げる。
「全員焼死だったはずじゃ?」
「そうです」
「じゃ、どうして血を吐いた跡が付いているの?救命救急にいた頃に、火事に
遭った患者を診たことがあるけど、火傷や一酸化炭素中毒、喉を火傷したこと
による窒息がほとんどだったわ。そりゃ、逃げる時に慌てていて骨折したり、
ガラスで切ったりする患者もいたけど・・・血を吐くって、どういう状況だっ
たのかしら」
 ヨンから話を聞いて、最初はやはりショックを受けたウンスだった。生きな
がらにして焼かれた状況を思い浮かべて動揺した。それでもヨンの言葉通りに
状況を追っていくと、何だか腑に落ちない展開になり、それで却って冷静に考
えられた。
 その言葉に、ヨンとチャン・ビンが顔を合わせる。『やはり医仙だ』と。ウン
スの問いかけに、ヨンが答える。
「私も腑に落ちませんでした。建物は大梁が落ちるほどの大火でしたが、床石
にあったその紙は端が焦げただけで済み、その紙には、あたかも死に瀕したも
のが吐いたような血が付いていた。そして、どういうわけか、書かれた文字の
筆の運びが、徳城府院君の手下と瓜二つだったのです。それで御医に紙を見せ
たのです。焼け死ぬ者が血を吐くこともあるのか、御医の意見を聞こうと思い
ました」
 ヨンがチャン・ビンを見つめて頷くと、チャン・ビンが話を引き取る。
「テジャンから紙を見せて頂いたとき、「これが人間(ひと)の血ではなく、鶏
の血ならば?」、ふとそんな考えが頭をよぎりました。血の匂いが鶏肝(けいか
ん:鶏の肝臓を干したもの)という漢方の薬材と似ている気がしました。匂い
の違いを明確に説明するのは難しいですが」
「経験からってことですか?」
 ウンスがチャン・ビンの言わんとすることを察すると、チャン・ビンが頷く。
「それで、ムカデを使って試してみることにしました。ムカデを捕る際に、鶏
の血を撒いておびき寄せると聞いたことがありましたので」
 チャン・ビンは、先ずチョナに生きたムカデを購(あがな)いたいと書状で
願い出た。理由は、迷った末に「漢方薬を作るため」と記した。密旨の血につ
いては、あくまでも己の推理の段階にあるため、いたずらに御心を乱すことは
避けたかった。
 漠とした内容のため、お許しが出なければテジャンから頼んでもらうつもり
でいたが、ほどなくして許しが出る。アン・ドチから聞いたところによると、
ムカデは人を死なせるほどの猛毒ではないことを踏まえたうえで、御医が望む
のであればとのチョナのご判断だったようだ。
 チャン・ビンは、入手した十匹のムカデを使って習性を調べた。自らの推理
が合ったことを確認したうえで結果をテジャンに報告し、ムカデはテジャンの
手へと渡る。
 その後については、ヨンが語った。チョナが典醫寺を訪ねて来られた夜、密
旨がねつ造されたものであることを、ムカデを使って証した。いずれ、事を企
てた者自らがチョナの御前に現れると告げ、その際に必要になるからとムカデ
を引き渡す。
 ヨンの言葉通り、翌日の夜半に徳城府院君キ・チョルがチョナの前に現れ、
「自分がチョナのためにやった」と言ってのけ、あまつさえ褒美として医仙を
要求したという。チョナは、キ・チョルと対峙した際、文箱にムカデを潜ませ
ていらしたそうだが、それを出すことはなかったと。
 ムカデは、そこでお役御免となる・・・はずであった。用済みの際は御医に
渡してくれとヨンが予め伝えていたので、アン・ドチが典醫寺にムカデを持っ
てきたのだが、チョナからの文も携えていた。
<指示があるまでは、生かしておくよう>
 文には、それだけしか書いてなかった。どのような御心づもりなのかは判ら
ないままに、仰せの通り典醫寺でムカデを世話することにした。その後チョナ
からは何の沙汰もなく日が過ぎていく。よもや、お忘れになられているのでは
ないだろうかと思ったころ、唐突にアン・ドチが典醫寺へと訪ねてくる。
 文箱にムカデを入れて渡して欲しい、チョナとワンビママがお待ちなのだと
言われ、チャン・ビンはすぐに用意をした。ムカデは二匹でいいそうだと、チ
ャン・ビンの背後からトチが声をかける。
 渡した文箱は、その日のうちにチャン・ビンの手に戻された。
<ご苦労だった。用は済んだ。あとは御医の好きにせよ>
という言伝とともに。
「ふふっ」
 それまでヨンとチャン・ビンの話を黙って聞いていたウンスが、幸せそうに
笑う。
「イムグムニムは、ワンビママに見せたかったのね」
 どこか独り言のようなウンスの言葉に、ヨンもチャン・ビンも黙って頷く。
振り返ってみれば、ワンビママの振る舞いはチョナを慮るあまりの無茶な行動
だったのだと、今ならチャン・ビンも合点がいく。
 ヨンは、しばらく前にチョナが仰った言葉を思い出していた。
「テジャンが他言無用と言わぬ限りは、全ての事柄をワンビにも話すつもりで
す。この先、私が嘲笑されるとしても、死に至るとしても、それを共に受けね
ばならぬ人です。何も知らされぬまま、そのような目に遭わせたくはない」
 そんな思いをずっと前からお持ちだったこと、そのような間柄になりたいと
願われていたこと、そして、願い叶ったことを知ったヨンだった。

<つづく>

話の向かう先は見えてて、めっちゃ簡単な筋立てなのに、
そこに至るまでの過程がやたらと長くて(汗)
長くなっていくほどに、矛盾が出てきている気もして不安ですが・・・
目をつぶって先に進むことにします。
 ウンスは先ほどから隣に座るチャン・ビンとテーブルの向こうに座るヨンを
交互に見つめて様子を窺っていた。訪ねてきたチャン・ビンが席についた途端、
ヨンが睨みつけるような強い眼差しをチャン・ビンに向けてきたので戸惑って
いた。
 チャン・ビンは、チェ・ヨンに詫びるつもりで訪ねて来たものの、話を切り
出す前からヨンが怒気を放っているので戸惑っていた。もしや、医仙が既に仔
細をテジャンに説明したのかと思い、隣に座るウンスに視線を投げかける。
 視線を向けられたウンスは、ブンブンと頭を振って「私は何も言ってないわ」
とジェスチャーで答える。結果、二人で目を合わせて『?』と、首を傾げた途
端、大きな咳払いが聞こえて、ウンスが前を向く。
『何なのよ、もう』
 話す前から不機嫌そうなヨンに、ウンスも段々腹が立ってくる。
「ねえ、何を怒ってるの?」
「怒ってなどおりません」
「顔が怒ってるじゃない」
「もとからこのような顔です」
「嘘よ。「目は口ほどにものを言う」っていうでしょ?目が怒ってるじゃない」
「怒ってなどいないと申したはずです」
「だって、さっきから・・・」
 取りつく島のないヨンに、ウンスがなおも言及しようとしたそのとき、
「テジャン」
 と、チャン・ビンが声をかける。二人がこちらに視線を向けたところで、す
ぐさま話を切り出すことにする。あのまま話が続いていたら、痴話げんかに発
展する。そう察したチャン・ビンが、水を差す形で二人を止めたのだった。
 チャン・ビンによばれて、ヨンが不承不承視線を向ける。そもそも、部屋に
来たチャン・ビンを、自分の隣に座らせたヨインが悪い。ヨインは、チャン・
ビンに歓待の笑顔を向けると、片隅にあった予備の椅子をいそいそと持ってき
て自分の隣に置いたのだ。チャン・ビンもチャン・ビンで、何のためらいもな
く座った。それがまた癪に障った。
 チャン・ビンは、憮然とした表情で自分を見るヨンに戸惑いはしたものの、
ひるむことはない。ただ、自分の話を聞いたあと、ヨンが怒りを向けてくるな
らば、それは引き受けるつもりでこの場に臨んでいた。
 注意を引いたチャン・ビンは、おもむろに席を立つと、火鉢の横の台に置い
ていた木の盆を持ってくる。その盆は、チャン・ビンが部屋を訪ねたときに持
っていたもので、盆の上には拳ほどの蓋つきの器と、それよりは少しだけ背が
高い小さな壺が載せられていた。
 その二つの器を卓の上に置いた途端、ヨインが椅子を少し後ろにずらす様を
横目で見てから、ヨンがチャン・ビンに目で尋ねる。チャン・ビンは、浅いほ
うの蓋を開ける。
「ムカデを干したもの、これを漢方では蜈蚣(ごしょう)と呼びます。粉末に
して驚風症(ひきつけ)、淋巴腺炎(皮膚病性リンパ節炎)、腫れ物の治療などに
用います」
 ヨンは器を手にとって中を見る。なるほど、干からびたムカデがいくつか入
っていた。
「ですが、ムカデの持つ効能を引き出す方法が、もう一つございます」
 ヨンは器から顔を上げる。方法については心当たりがあった。けれど、場所
が王宮内のため、その可能性はないと自分の中で否定したのだった。
「まさか」
「ええ、その通りです」
「では、そのムカデが」
「はい。医仙を咬んだのです」
「しかし、それはあり得ないのでは?」
「それが・・・」
 そこで初めてチャン・ビンが言いよどむ。傍で聞いているウンスは途中まで
は話の内容が理解できたけれど、何があり得ないのかよくわからない。それで
チャン・ビンが再び口を開こうとした瞬間、
「ま、待って!」
 と、手を挙げる。二人はウンスに注目する。
「あの、最初から順番に話してくれない?あのムカデって典醫寺で飼ってたの
よね?でも、どうしてあり得ないの?」
 典醫寺で飼われていたムカデが、逃げ出してウンスを咬んだのだ。典醫寺で
起きたことの責任は全て自分にある。不手際でケガをさせてしまったことをテ
ジャンに詫びたいというのが、チャン・ビンの来訪の理由だった。
 手当してもらったし、大したことなかったから大丈夫、説明なんて必要ない
と、何度も断ったウンスに対して、チャン・ビンは一歩も譲らなかった。結局
ウンスが折れたのだが・・・
 ムカデを飼っていた理由は教えてもらったけれど、「あり得ない」とはどうい
うことなのか。順を追って説明してもらいたかった。ウンスのその問いかけに、
ヨンが先に口を開く。
「王宮内では、毒を持つものの、生きたままの保有を禁じられております」

 王宮内で、毒が保管されている場所は一箇所のみ。その場所の錠は、王と王
妃が管理している。典醫寺で用いる漢方の薬材の中で毒性があるものは、同じ
くこの場所で保管されている。中にある薬材を使う際には、王と王妃、お二人
の許可が必要となる。
 陰謀と策略が蠢いているのが王宮なのだ。毒はその場所以外に存在してはな
らない。でなければ、王も王妃も安心して食事に手をつけられず、下手に周り
にある調度品や、身の回りのものに手を触れることが出来ない。
 そのため、典醫寺では生きたままのムカデや毒蛇を調達することはない。
万が一毒蛇が逃げたとき、王宮内が上を下への大混乱となることは必至のうえ、
その毒で死人が出るようなことがあれば、典醫寺そのものが取り潰されることに
なりかねない。それは、毒を持つキノコや魚、虫、ありとあらゆるものに対して
も同じことだった。
 ヨンは、ウダルチとして王や王族を守る立場から、このことを知っていた。
「典醫寺では、ムカデもまた同じく毒があるものとして、久しく生きたまま扱
うことはありませんでした。ですが、ある事情から、生きたムカデが手元に
ありましたので、それで薬を作ろうと考えました」
 ヨンはようやくことの次第が見えてきて、顔を上げてチャン・ビンを見る。
ウンスはまださっぱり見えていなくて、耳に入る通りの内容を頭の中で整理し
ているところだった。
「では、あのムカデを?」
「・・・ええ」
 チャン・ビンには珍しく歯切れの悪い返事だった。
「あのムカデって、どのムカデ?」
 その問いかけに、二人が一斉にウンスの方を向く。
『そういえば、この方はご存じなかったか』
 チャン・ビンもそこまで考えが至らなかった。どこまで話していいものか、
考えてヨンを見つめる。ヨンはチャン・ビンの視線を受け止めると、やがて
静かに語り始める。
「チョナ、ワンビママ、そしてイムジャがケギョンに到着される前日、ソネ
ジョン(宣恵亭)で火事がありました」
 ヨンの静かな口調と固い表情に、ウンスはゴクリと唾を飲む。
 
<つづく>

甘い要素がほとんどないままに話は進んで行きます(苦笑)
[ムカデにまつわるエトセトラ 08]の続きを読む
「失礼」
 その言葉と同時に、ウンスは抱き上げられていた。
「わっ!」
 びっくりして思わず首にしがみつく。以前ヨンにお姫様抱っこされたことを、
不意に思い出す。
『あのときより・・・安定感が悪いかも』
 比べてみて初めてわかったことだった。
「傷口を洗い流して、毒を出します」
 作業場では咬まれた傷口が見えにくい。そういう理由から、典醫寺の井戸端
まで運ばれた。先導していたウォルが水を汲む間、ウンスを井戸の脇に下ろす
と、盥(たらい)をひっくり返して椅子代わりにする。そこにウンスを座らせ
て靴を脱がせた。
 足の甲は、全体的に赤くなっていた。ウォルが汲んだ桶の水をザッと傷口に
かけてくれた。ウンスは、念のため手で毒を絞りだしておこうとしたが、その
甲にいきなり頭が覆い被さってくる。
「わ、わっ!!」
 慌てたウンスが足を引っ込めようとするのを察して、ガッとふくらはぎを掴
んで阻止する。
「じっとして下さい」
 叱り口調で言われて、ウンスは仕方なく動きを止める。

「何て言えばいいのかな・・・天界では、「口で毒を吸い出す」。この民間療法
にはあんまり効果がないとも言われているわ。手や、器具を使って毒を絞り出
すことは、少なくとも効果があると言われているけれど。毒は、咬まれたり刺
されたりした瞬間に、血や組織を通じて身体中に回るから、傷口を吸っても遅
いのよ。逆に、応急処置をしている人が口の中を怪我したり、虫歯を持ってい
たりしたら、身体に毒が回る危険もあるわ」
 効果があると信じている者には、毒を吸い出す行為は気休めになる。でも、
医者の自分には、それが効果のないことだとわかっている。だから、ただ単に
甲にキスをされている状況と捉えて見てしまい、かなり恥ずかしかった。
 ウンスが、ぬるくなったお茶をこくりと飲んで喉を潤す。ヨンはその様子を
黙って見つめていた。気遣う視線を感じたウンスは、重く沈んだ雰囲気を変え
ようと明るい声を出す。
「もう平気よ。言ったでしょ?そういえば、パートナー、あなたはムカデに咬
まれたことがなかったのよね?」

「ええ」
「あなたなら大丈夫よ。麻酔なしで傷口を縫ったのに、声ひとつあげなかった
人だもの。この先、もしもムカデに咬まれても、蚊が刺したぐらいにしか感じ
ないはずよ、保証する。だから、安心して」
 ウンスは真面目な顔つきをして、神妙に頷いて見せる。
『目が笑っているではないか。それに、人を何だと思っている。オレは痛みな
ど感じぬ、人外の鬼だとでも言うのか?』
 ヨンはウンスの軽口に、「面白くない」と表情で答える。自分が思った通りの
顔つきをするヨンが可笑しくて、ウンスは吹き出す。
「笑ってごめん。前にも言ったけど、天界の人たちは痛みに慣れてないし、辛
抱強くもないの。私もそうよ。だから、びっくりしただけよ。すぐ手当しても
らったから痛みも治まってるわ。心配してくれてありがとう」
 わざわざ典醫寺まで様子を見に来てくれたんだもの。ありがたくって浮かれ
ちゃう。ニコニコと笑顔を浮かべるウンスに、ヨンも口の端がほころぶ。二人
の間に、しばらく心地のいい沈黙が訪れる。

「薄荷の葉っぱには、虫が嫌うメントールっていう成分が含まれているのよ。
虫除けにも使えるかもしれないって思ったけど、まさかこんなに効くとは思わ
なかったわ」
 ウンスが、お茶のおかわりを淹れながらそんな話をすると、聞いていたヨン
がおもむろに口を開く。その顔つきは先ほどとは打って変わって厳しいものに
なっている。
「イムジャ」
 落ち着いた声で呼ばれる。場の空気が途端に変わったようで、ウンスは思わ
ず姿勢を正す。
「はい」
「イムジャは、典醫寺の裏庭、棗(なつめ)の木のそばに植えられている薄荷
を摘み、それを作業場に持ってきた際に、ムカデに咬まれたということですか?」
 場所までは話していなかった。それなのに、どうしてこの人は薄荷があった
場所を知っているんだろう。ウンスはビックリして目を丸くする。
「どうして薄荷が生えている場所を知ってるの?」
 そこに薄荷が植えられていることは、ヨンも近頃知ったことだが、その効能
については前から知っていた。トギやチャン・ビンには及ばないが、チェ・ヨ
ンもある程度は薬草についての知識を持ち合わせていた。多くはチョグォルテ
の頃に、ムン・チフや仲間に教わったものだ。薄荷は、蚊除けによく用いてい
たのを覚えている。葉に虫食いがないのがその最たる証しだった。
 ヨンは話を聞くうちに、ウンスがそこに薄荷があることを知らなったという
ことに却って驚かされたのだが、今はその理由を述べずに話を続ける。
「裏庭は、ムカデが好む幾分湿り気のある土壌ですが、薄荷は虫が嫌う葉です
から、ムカデがその葉に付いていた、或いは笊(ざる)に紛れ込んだとは思え
ません。そうなると、典醫寺の作業場に潜んでいたということになります」
 話が見えてきたウンスは、呆気にとられてヨンを見つめる。
「作業場は土間ではなく、こちらの部屋のように板敷きです。そのうえ、床板
には虫が嫌う木酢を、月に一度は塗ると御医から聞いたことがあります。尚言
えば、作業を終える際に一食(三十分)ほどかけて隅々まで掃除を行い、翌朝
作業を始める前にもやはり同じように簡単に掃除を行っております。そんな場
所に、降ってわいたようにムカデが出たことが解せません」
 ウンスの話を聞くうちに、ヨンの中では疑問が膨れ上がっていた。手当てに
ついては、チャン・ビンが医者として接した以上何も言うことはない。ただ、
「気にくわない」、それだけのことだが、自分の中で引っ掛かりを覚えた疑問に
ついては穏やかでいられない。
 何者かが、ヨインに対して意図的に行ったことであれば、典醫寺は安全な場
所とは言えなくなる。そのことを危惧して、何か不審なことがなかったか尋ね
るつもりだったが、その表情から見て、ヨインは何か知っているようだった。
「何者かが狙ったのではないか?」という自分の問いかけに対して、怯えた様
子も、驚いた様子も見せなかったからだ。
「あなた、名探偵ね」
「は?」
「すごいわ。やっぱり名将軍だけあって、鋭いところを突いてくるわねぇ」
 天界語混じりで感嘆するウンスを前にして、ヨンは焦れる。知っていること
があればさっさと教えて欲しいのに、ウンスは「うーん」と言うと、困ったよ
うな顔を浮かべる。
「あー・・・それは、チャン先生から説明してもらおうと思って。あっ!私、
先生がもうすぐここに来るって、さっき話したわよね?・・・言ってなかった?
やだっ、すっかり忘れてたわ。あははは」
 ウンスは喋りながら、言い忘れていたことを思い出す。終いには、ばつが悪
いのを隠すように笑ってごまかしたが、相手のムスッとした顔に、笑い声も消
え入る。
 しばらくは顔を見たくないと思っていたチャン・ビンが、もうすぐここに来
ると聞いて、ヨンは心が騒ぐ。
「ごめん、パートナー。チャン先生が、あなたに話があるんですって。だから
先生が来るまで、もう少し待ってね」
「来ました」
「え?」
 ヨンの耳には部屋に近づいてくる足音が聞こえていた。
「テジャン、いらっしゃいますか?」

<つづく>

えーっと・・・まとまるのかなぁ、これ(汗)
話がなにやら変な方向に行っちゃった感じですが、
「結局のところはそんな大したオチではないんですよ」
と、保険をかけておくワタシです(笑)

-ウンスの回想。

 昼過ぎ。ウンスは薬材の作業場にいた。暑い日々を乗り切るための策として、
ペパーミント(薄荷)を使ってなにか工夫できないかと思いついたのだ。カン
ファドで見かけたから、もしかしてここ典醫寺にも植えてあるのではないかと
薬草園を見回してみたが、それらしき葉っぱは見当たらなかった。ちょうど今
がシーズンなので、ないのかもしれない。それでも諦めきれずにトギに、あれ
これと薄荷の特徴を説明して、どこかで見たことがないかと聞いてみた。
 すると、トギは「ある」と手振りで答えた。薄荷はお腹をこわしたときや、
風邪の初期に用いる薬として利用しているとのことだった。漢方用の薬草とし
ては、随分と育てやすいが、雑草よりも繁殖力が強いので典醫寺の薬草園では
育てずに、別に場所を設けて植えているらしい。
 そこでウンスは、朝からさっそくその場所に行って、ペパーミントの葉をせ
っせと摘んだ。ムガクシのヨンシとウォルが作業を手伝ってくれたので、陽が
高くなるまえに、大きなざる一杯に収穫できた。
 作業の途中、何度となくウンスが葉っぱを手でちぎっては香りを楽しむので、
ヨンシとウォルも、ウンスの真似をして葉っぱに鼻を近づける。スーッとする
香りに小首を傾げるウォルと、鼻を抜ける感覚に驚いて顔を背けたヨンシにウ
ンスが微笑む。
「前に教えた歯磨きがあったでしょ?あの歯磨きのときにこの葉っぱを使うと、
口の中がさっぱりするし、抗菌作用もあるのよ。虫歯予防にもいいかな?あな
たたちは歯を丈夫に保つことが大事だから」
 歯は大きな力を出すときに重要な役割を果たす。虫歯があると、力を出そう
と食いしばった際に力が充分に出せず、運動能力が落ちるのだ。組長やプジャ
ンからも、歯の手入れを怠らぬようにと日頃から言われているムガクシとウダ
ルチだが、手入れのやり方は人によってさまざまだった。そんな自分たちに、
丈夫な歯を保つ術を、医仙が指南して下さったのだった。
 ウンスは典醫寺に戻ると、薬材を調合する作業場の卓の上にざるを置いた。
天日干しにしてドライハーブにトライするもの、フレッシュなまま使うものと、
小ぶりなざるに適当に分けた。
「まずは、フレッシュな葉でハーブティを作って、お風呂にも入れて。アロマ
オイルは精油だから・・・蒸留ってここでもできる?・・・」
 顎に手をやって、ウンスが考えごとにふける。

 その卓の下で蠢く黒い物体。それは先ほどからずいぶんと慌てていた。己の
嫌う臭いが、先ほどから強烈にするのだ。居心地のいい場所を先ほどから探し
て這い回ったが、格好の場所は見つからず、おまけにおぞましい臭いがひしひ
しと押し寄せてくる。
 たまらずに幾分か明るいほうへと方向を変える。そうして土の匂いを嗅ぎつ
けた。今度は、湿った土の匂いがする方へと、感覚をたよりに這っていく。お
かしなことにその匂いを辿っていくうちに、おぞましい臭いも強くなる。
 上体を持ち上げて、やはり方向を変えようと思ったそのとき、脚が湿った土
を感じた。しめた。この土を辿れば、あとは暗く湿った場所に行ける。黒い物
体は、触覚を振るわせて喜ぶと、傾斜を登り始めた。

 腕を組んで考えごとをしていたウンスだったが、先ほどからこそばゆい感覚
が強くなって、ふと顔を上げる。
『服の裾でもほつれたかしら?』
 ほどけた糸が足の甲に触れている。ウンスはそう思い込んで、足元に目をや
った。先ほどから自分の甲を、さわさわとくすぐるもの、それは糸ではなく、
黒い大きなムカデだった。
『!!』
 むやみに動かず、じっとしたまま通り過ぎるのを待つ、そんな知識はもちろ
ん頭に入っている。でも実際に体験すると、そんな知識など彼方へとぶっ飛ぶ。
反射的に足を引っ込め、その拍子にムカデがウンスの甲を咬む。
「痛っ!」
 直後に、太い注射針でブスリと刺されたような痛みが走り、ウンスが声をあ
げる。立ち働く医員たちの邪魔にならぬよう、少し離れたところに控えていた
ムガクシたちが飛んで来る。
「そこに、ムカデが・・・」
 痛くてたまらないが、ムカデを先に退治しないと、また誰かが咬まれる。ウ
ンスは机に片手をつきながらも、ムカデが逃げた方向を指で示す。ヨンシが素
早く反応し、物陰に隠れようとしたムカデをさっと踏みつける。つぶれて動か
なくなったムカデが、間違いなく死んだことを確かめる。
 ウォルが切迫した声で、騒ぎを聞きつけて集まった医員らに声をかける。
「御医を呼べ」
「は、はいっ!」
 ウォルと目が合った医員は、弾かれたように答えると、集まった輪の中から
慌てて出ていく。

<続く>

話に出てくる作業場はここです。
作業場

肝心なところまで到達せず(汗)
次回までしばしお待ちを~